ちなみに高校生用の『用語集現代社会+政治・経済(’22-’23年版)』(清水書院、2021年)によると、以下の通りです。
乗数理論
投資支出の一単位の増加から波及して、乗数倍だけ国民所得が増加することを説明する理論。国民所得がある水準のとき、投資支出が1兆円増えたとする。その1兆円は、必ず誰かの所得となり、貯蓄か消費に回される。ここで、1兆円のうち80%が消費されるとすれば、今度は0・8兆円が次の誰かの所得になり、さらに同じく80%が消費に回されれば、0・64兆円が誰かの所得となる。この過程が無限にくり返されれば、最終的には5兆円だけ国民所得が倍加する。つまり、所得が一単位増えたとき、そのうちどれだけを支出するかをc(この例では、0・8)とすれば、1/(1-c)を、最初の投資支出増加分に掛けた額だけ国民所得が増加する。このとき、1/(1-c)を乗数とよぶ。
たしかに高校生用の教材にも載っていますが、高校で教わる国・数・英・理・社すべての分野の知識を間違いなく習得し、覚えている大人がどれくらいいるでしょうか。
致命的な誤りは「その後の対応」
政治家に「あらゆる専門用語を知っておけ」というのは無理な話。経済が大事なのはわかるけど、政治家は経済のことだけ考えているわけにはいかないのです。
菅直人財務大臣と民主党政権の致命的な誤りは、何かを知らなかったことではなく、その後の対応です。
メディアからは「こんなことも知らないのか」と煽りたてられ、官僚からは「政治家なんて、結局、オレたち抜きでは何もできないんだ」とバカにされる。それがよほど悔しかったのか、以後、菅直人は財務官僚の軍門にくだってしまいました。脱官僚政治を掲げて政権についた民主党だったのに、官僚の言いなりになり、すっかり依存するようになったのです。
これこそが罪深い。
そもそも、政治家は何をどこまで知っていなければならないのか。官僚はその道の実務の専門家だから、官僚です。なんだかんだと24時間365日、その仕事に取り組んでいるのです。言っちゃあ悪いですが、選挙の片手間に勉強して、太刀打ちできる訳がない。
源頼朝の偉大さ
急に話は飛びますが、鎌倉幕府を開いた源頼朝には、大江広元という有能なブレーンがいました。鎌倉幕府の公式歴史書である『吾妻鑑』には、広元が随所で幕府の根幹となる政策を主唱する様子が登場します。実際、頼朝にも多くの提言をしたでしょう。
では、頼朝が広元の言っていることを、どれほど理解できたか。間違いなく100%だったとは思えません。この世で誰も見たことがない「幕府」です。考えついた広元が偉いのであって、それを頼朝が100%理解できなかったとしても、頼朝の偉大さはいささかも損なわれません。なぜなら、それを実現したのは、頼朝だからです。
ブレーンにできることは「何をすればよいか」を提示すること。政治家の仕事は実現することです。そして頼朝は、広元の言うことを細部まで完全に理解していなくとも、間違いなく本筋は摑んでいました。