翌日、転校先の小学校に初登校した眞人は、下校時に同級生たちとケンカになる。ケンカの後の真人は、服は汚れているが、ケガをしているように見えない。しかし、眞人は帰宅途中、道ばたに落ちていた石を拾い、自らの頭に思い切りたたきつける。
一見、ケンカでケガを負ったことを偽装するためかと思えるが、傷口からの出血量は尋常ではない。よほどの強い葛藤や衝動がない限り、人間はあんなにも激しく自分の体を傷つけられるものではない。帰宅後、「誰にやられたんだ」と詰問する父に対して「転んだんだ」としか答えないことも、眞人の自傷行為の動機が単純ではないことを示唆している。
眞人が異世界へと旅立つと共に、それまで絆創膏に覆われていた額の傷が顕わになる。異世界で最初に出会い、眞人を助ける女性・キリコの額にも同様の傷がある。そして物語のクライマックス、異世界の「創造主」である自らの血族の老人「大叔父」に対して、眞人は傷痕を示しつつこう告げる。「この傷は自分でつけました。僕の悪意のしるしです」と。
主人公の一目ぼれから始まる
なぜ、眞人は自らを傷つけたのか。その傷がどうして「悪意のしるし」なのか。
「新しい母」になろうとしているナツコに対して、眞人が亡き母への思いの裏返しとして強い拒否感を抱いているのは疑いない。その一方で、母親にそっくりの美しい女性に出会ったことで、眞人はいや応もなくナツコへの思慕の念も抱いてしまったのだ(「天空の城ラピュタ」も「ハウルの動く城」も、主人公が異性に一目ぼれすることから話が始まる。実はこの映画もそうだ)。
母が亡くなって間もないのに、ナツコと再婚しようとする父親に対する嫌悪も眞人の中にはある。しかし、ナツコを父親が愛した理由の一端は、ナツコの中に亡き妻の面影を見たからであることも眞人は直観している。父は亡き母を裏切った。
しかし、その裏切りの原因は、母への深い思いそれ自体の中にある。そして自分も同じ心の動きによって、母を裏切ろうとしている――。そのことへの激しい葛藤と自己嫌悪と罪の意識こそが、眞人が自分自身の頭に激しく石を打ちつけた真の動機ではないか。
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太田啓之氏による「映画『君たちはどう生きるか』の謎を解く」前後編の全文は「文藝春秋 電子版」に掲載しています。