『君たちはどう生きるか』の作画監督を務めたスタジオジブリのアニメーター・本田雄氏のインタビュー「宮﨑駿監督との真剣勝負」を一部転載します(文藝春秋2023年9月号より)。
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本田 ある日、宮﨑さん本人から、「こういうのをやるんです」「本田さんは『エヴァンゲリオン』をやるそうですが、ぜひこっちをやってほしい」と言われた。それが最初でした。最初から答えを迫ってきているような感じでしたね(笑)。
宮﨑さんはどんな物語なのか、全く説明しないんです。「これは冒険活劇です」とだけ言われました。あまり説明をする人じゃないんです。「絵コンテを見て理解してください」という感じなんです。
7月14日、宮﨑駿監督(82)の最新作『君たちはどう生きるか』が公開された。引退宣言をした前作『風立ちぬ』以来、10年ぶりの長編で、公開4日間で観客動員は135万人、興行収入は21億円を突破。これは『千と千尋の神隠し』を上回る初速だ。タイトルこそ吉野源三郎の児童向け小説の題名だが、内容はまるで異なる。同書を子供の頃に読んで感銘を受けたという宮﨑監督がタイトルに借用したもので、映画のなかでは主人公・眞人(まひと)がこの小説を読んでいるシーンが描かれているものの、実際には戦時中の日本を舞台にしたファンタジー作品となっている。
本作の作画監督を務めたのが、本田雄氏(55)だ。20年以上にわたり庵野秀明監督の「エヴァンゲリオン」シリーズを担当してきた名うてのアニメーターで、『君たち』の制作に加わる前には『シン・エヴァンゲリオン劇場版』の作画監督を務めることが内定していた。だが、スタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーが庵野監督に直談判。ジブリへの“大型移籍”が実現し、ファンの間では大きな話題となっていた。その本田氏が今作について初めてインタビューに答え、2017年に始まった、実に6年にわたる巨匠・宮﨑監督との“真剣勝負”の日々を振り返った。
ポニョとボロも
本田 はじまりはまだコロナ前、2016年の夏頃ですね。当時、僕は宮﨑さんが原作・脚本・監督を務めた短編の『毛虫のボロ』の作画監督として、机を並べて仕事をしていたんです。ジブリ美術館でかけるオリジナル短編ですね。実は『崖の上のポニョ』もお手伝いしたことがあって、宮﨑さんと仕事をするのは初めてじゃないんです。そうした会社を超えた仕事は、業界では当たり前にあることなんですよ。
でも、机を並べて絵を描くのは初めてで、最初は緊張しました。『ボロ』の作画をしていると、宮﨑さんが横で本を読みながら、なにやらメモを熱心に取っている。それも、あまり目立たないようにコソコソしていて、様子がおかしいんです。何の本だろうと思って見ると、アイルランド人作家が書いた児童文学でした。『ボロ』とは何の関係もない本です。
もしかして次の作品かなと思って、「それ、何ですか」と聞くと、「いや、こうしてメモを取りながらじゃないと本が読めないんです。忘れちゃうから」と言っていました。おかしいなと思いましたよ(笑)。今思えば、それが『君たち』の初期段階の企画メモだったんですね。
それから数カ月が経って、『ボロ』のラッシュチェック(編集前の撮影素材を確認すること)をしているときに、宮﨑さんから声を掛けられました。僕はその翌年にあたる2017年、長年携わってきた「エヴァンゲリオン」の劇場版をやることになっていたので、本当に悩みました。
本田氏は人物描写からアクション、巨大ロボットまで、巧みな画力が高く評価され、関係者の間では「師匠」と呼ばれている。制作会社のアトリエ戯雅等を経て1988年にガイナックスに入社。若くして頭角を現し、庵野監督作品である『新世紀エヴァンゲリオン』のテレビアニメ版と劇場版の作画や原画を担当した。ガイナックスを離れた後、『千年女優』『アニマトリックス』などで作画監督を務め、後年、庵野監督が代表を務めるカラーに再び合流していた。