シーズン最終盤までオリックスと優勝争いを演じた2年前。さまざまな制限のかかったコロナ禍の球場で、ぼくらは“生音”オンリーで観るプロ野球の新たな楽しみ方と一緒に、大下誠一郎のやかましさをまざまざと知った。

 21年9月7日の敵地・神戸では、“特例2021”の代替選手としてこの日昇格してきたばかりの彼に代打ホームラン&サヨナラ打を打たれて首位陥落。最大の山場となった同月28日からのホーム3連戦に至っては、彼自身の出場は一度もなかったにもかかわらず、SNSのタイムラインが試合開始前から「大下うるさい」であふれかえるほどの存在感を発揮した。

「1勝でもすればマジック点灯」という断然ロッテ有利の状況で喫した、痛すぎるよもやの3連敗。優勝がどちらに転んでもおかしくはなかったあの局面でオリックスとロッテの運命を分けたのは、采配や戦術・戦略以前の問題として、「大下の有無」だった気さえしたものだ。

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 そんなとにかくうるさかった大下が、昨秋の現役ドラフトを経て、今季からはロッテのベンチであのダミ声を張り上げる。去年、この文春野球コラムで「大下のようなギラギラ感がロッテの若手にもほしい」とその名を挙げた張本人が、巡りめぐって味方になるとはなんたる因果。

 同じコラムで「期待」と書いた福田光輝が日本ハムへとトレードに出されてしまったのは、ちょっと想定外ではあったけど、「おとなしい」ともっぱらのロッテベンチにとって、大下の加入はなによりの“補強”。当の吉井理人監督も2位で折り返した前半戦を総括して、“陰のMVP”に名を挙げたように、下馬評は散々だったチームが、曲がりなりにも首位争いを演じるまでに躍進できたのも、ベンチで張り上げる彼の“声”に感化されて、若手に“ギラギラ感”が生まれつつあるからに他ならない。

大下誠一郎 ©時事通信社

よくも悪くも優等生然とした選手が多いロッテにはうってつけ

 そもそもぼくが大下誠一郎という選手にほだされてしまう最大の理由は、一時代を築いた西岡剛の退団以来、長らくロッテ選手に欠けていた“我の強さ”を1ミリも隠そうとしない選手だからだ。

 荻野貴司に中村奨吾、安田尚憲、藤原恭大……と、主力の野手陣にこれだけ関西人がそろっていれば、もうちょっとベンチがはっちゃけてもよさそうなものだが、とりわけ2010年の日本一以降に入ったロッテ選手はなぜだかみんなおとなしめ。

 光星学院時代のかつては「調子に乗って眉毛をめっちゃ剃ったら、みんなの前に立たされて『お前はスーパースターか』と(当時の仲井宗基監督に)怒られました」(『輝け 甲子園の星』13年1月号)と振り返るほどの“いちびり”キャラだった田村龍弘でさえ、本来はコテコテの“南大阪人”であるにもかかわらず、プロ入り後はどこか小さくまとまってしまっている印象が強い。

 対して大下は、プロ入りが育成6位指名だったこともあって、入ってきたときからハングリー。ふてぶてしさすら感じるガラの悪い風貌と、剥きだしの闘争心。彼が全身から発散する、わかりやすく“ヤンキー”なその攻撃的なたたずまいは、これまでのロッテ選手にはなかったもの。

 1年目オフのインタビューでしていた「先輩だからといって、ためらいはありません。そんなのを気にする必要はないと思っていますから(笑)。それでチームの雰囲気が良くなって勝てるなら、気にする必要はないんです」(『週刊ベースボール』20年11月9日号)なんて不敵な物言いは、ちょっと言葉づかいが丁寧なだけで、若き日の西岡あたりとも相通じる。

 くだんのコラムでも「彼のようなアクの強い“異物”の混入は、時として爆発的な推進力をチームという組織にもたらす」と書いたように、でもだからこそ、あえて空気を読まずに“我”を貫く彼の存在は、よくも悪くも優等生然とした選手が多いロッテにはうってつけ。

 移籍組のなかでもひときわ異彩を放つ“異物中の異物”である彼が、1・2軍を行ったり来たりの現状を逆手にとって、幕張&浦和でところ構わず波紋を起こしまくってくれたら、それだけでもロッテの未来には大きなプラス。来季に向けて、期待が高まるというものだ。