外国人選手にも愛される男
長野さんの人望は外国人選手にも及んでいました。持ち前のコミュニケーション能力を生かして声をかけ、ニックネームで呼び、一緒に盛り上がり、食事に行く。外国人選手が「チョーノ!」とフレンドリーに声をかけている光景をよく見ました。
でも、長野さんは英語もスペイン語もそれほど得意ではないはずなのです。たとえ何を言っているかわからなくても、臆することなく話しかけられる。その場の雰囲気でなんとかしてしまう。そんな長野さんを心の底から尊敬しました。
僕など、スコット・マシソンから「ヘイ、ユー。ディナー、OK?」と聞かれ、何を言っているのかわからなくて、「ノー、ノー!」と拒絶してしまったことがあります。マシソンが不思議そうな顔をしたので、通訳の方に聞いて「夜ご飯一緒に行こうと言ってるんだよ」と教えてもらいました。結局、食事には行きました。
プレーヤーとしても、長野さんには何度も助けてもらいました。とくに守備は捕ってから速く、守備範囲も広かったので心強かったです。長野さん、亀井善行さん、松本哲也さん、鈴木尚広さんらで形成される外野陣は、「どんな打球でもアウトにしてくれるんじゃないか?」という安心感がありました。
「絶対に出したらアカンやろ!」
そんな長野さんとの別れは、突然訪れました。2019年1月、FAで巨人に入団した丸佳浩の人的補償として、長野さんが広島に移籍することになったのです。
「え、ウソやろ?」
ニュースを聞いて信じられませんでした。なぜ長野さんがプロテクトから外れたのか、理解できませんでした。「年俸が高いベテランは獲られないだろう」という判断だったのか、何らかの駆け引きがあったのか、事情はまったくわかりません。
そもそも、僕は内心「自分が選ばれるかもしれない」と思っていました。今まで大竹寛さんや相川亮二さんがFA移籍した際も、新聞紙上で「人的補償の有力候補」として僕の名前が挙がっていました。僕も契約更改のたびに球団に注文をつけていましたし、「そろそろ干されるかもしれないし、チャンスがあるならカープに行っても面白いかもな……」などと考えていました。
でも、フタを開けてみれば長野さんの名前が呼ばれたので、僕はうぬぼれていた自分が恥ずかしくなりました。長野さんほどの選手がプロテクトされていなければ、僕など呼ばれるはずがないのですから。
ベテランや同年代の選手は、長野さんのニュースを知って「何考えとるんや!」「絶対に出したらアカンやろ!」と怒りをあらわにしていました。
年齢的にパフォーマンスは下り坂になったとしても、長野さんの価値は「打つ」「打たない」だけでは測れません。長野さんがベンチにいるだけでチームの雰囲気はまるで違いますし、試合終盤に長野さんの名前がコールされただけで球場の雰囲気はガラッと変わります。大事な場面で長野さんが打てばスタンドもベンチも一気に盛り上がり、チームに火がつく。そんな存在意義を考えれば、長野さんは巨人から出してはいけない人材だったのでしょう。
選手、ファンの間で広がる怒りのムードを鎮めたのは、他ならぬ長野さんでした。広島移籍に際して、長野さんは次のコメントを発しています。
「3連覇している強い広島カープに選んでいただけたことは選手冥利に尽きます。自分のことを必要としていただけることは光栄なことで、少しでもチームの勝利に貢献できるように精一杯頑張ります」
さらには巨人の選手、首脳陣、裏方、ファンへの感謝の言葉が続きました。隅々まで心を砕いた、長野さんらしいコメントでした。
長野さんが移籍後、広島遠征した際にチームメートと食事に行きました。ある店に行くと、お店の人から「これ食べてください」とサービスの料理を差し出されました。どうやら、長野さんが「カープとジャイアンツの選手が来たら出してあげて」と店の人に頼んでいたようです。
僕は「こんな遠い土地でも奢られてしまうのか……」と、長野さんの気遣いにしみじみと感謝しながら料理をいただきました。
長野さんが広島に移籍して4年。カープ側の厚意で、長野さんは無償トレードで巨人に戻ってきました。
僕は2020年に巨人を戦力外になり、今は沖データコンピュータ教育学院でコーチを務めています。34歳の誕生日を迎え、つくづく「年を取ったな」と実感します。
でも、そんな時にテレビを見ると、長野さんが若々しくプレーしている姿が映るんです。これで今年39歳になる人なのか……。僕は背すじが伸びる思いがして、「年を取ったなんて言っていたらダメだな」と自分に言い聞かせます。
おそらく、長野さんは常に体の痛みと戦いながらプレーしているのでしょう。それでも、ユニホームを着れば長野さんは誰よりもエネルギッシュに戦っています。それは都市対抗で輝いていたあの頃と変わりません。
いつまでも、「俺はあの人と一緒にプレーしていたんだよ」と自慢できる存在でいてほしい。一人の長野久義ファンとして、心から願っています。
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