みなさんの身近にも、「誰からも愛される人気者」はいると思います。プロ野球の世界にも人間的に素晴らしい選手はたくさんいましたが、尋常ではないほど格好いい人がいました。今回は球界の愛され王・長野久義さんについて書かせてください。

 まず、長野さんは社会人野球の大スターでした。同時期に社会人野球でプレーした者でHondaの長野久義の名前を知らない人間などいなかったはずです。社会人野球ファンしか存在を知らないであろう情報誌『グランドスラム』は、毎号のように長野さんが表紙を飾っていました。

 元来、人見知りで他人の名前を覚えられない僕であっても、長野さんは憧れの存在でした。走攻守に実力は群を抜いていて、顔もスタイルもいい。何をやってもモテるだろうなと思っていました。

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 長野さんが社会人3年目の夏、僕は東京ドームで開かれる社会人のビッグイベント・都市対抗の決勝戦を見に行きました。長野さんはその大会で.579というとてつもない打率を叩き出し、チームを優勝に導きます。

 優勝が決まった後、長野さんが泣き崩れるシーンが強く印象に残っています。こんな完璧な選手でも、ここまで野球に懸けて戦っているんだな……と胸が熱くなりました。

長野久義 ©時事通信社

夜のあしながおじさん?

 その年、長野さんはドラフト1位指名を受けて巨人に入団します。それから遅れること2年、ドラフト7位という下位指名ではありましたが、僕も巨人に入団することができました。

 あの長野さんと同じチームだ……という高揚感はありましたが、そもそも右を見ても左を見てもスターばかり。高橋由伸さん、阿部慎之助さん、村田修一さん、杉内俊哉さん、内海哲也さん、山口鉄也さん……。新人は先輩に挨拶して回るのが通例なのですが、「誰に挨拶して、誰に挨拶していないか?」ということばかりに頭が支配されて、新人時代に長野さんとどんな会話を交わしたかはまったく覚えていません。

 若手のチームメート同士でお酒を飲みに行った時のこと。ひとしきり料理に舌鼓を打って、会計をしようとお店の人を呼ぶとこう言われました。

「お代はいただいております」

 びっくりして「誰が払ってくれたのですか?」と聞いても、お店の人は名前を明かそうとしません。

 そんなことは何度もありました。時にはお店の人から、「ジャイアンツの選手が来たら、こちらをお出しするように言われていますので」と料理をふるまってもらうこともありました。

 何年も巨人にいると、そんな小粋なことができる人は誰なのか、すぐにわかるようになります。支払ってくれているのは、たいてい長野さんなのです。

 プロ野球選手は食事に行く際、お店に迷惑がかからないように人目につきにくい個室を選びがちです。となると、必然的にチームメートと店が被ることもあります。長野さんは店の人から巨人の選手がいると聞くと、自分の会計と一緒にそちらの会計も済まして颯爽と帰っていくのです。

 キャンプ地の沖縄で、僕は家族と個室の焼肉店で食事をしました。会計をしようとすると、「いただいています」。誰が払ってくれたのかを聞いても、「教えられません」。ピーンときた僕は、翌日に長野さんと顔を合わせると「昨日はご馳走さまでした」とお礼を言いました。

 長野さんは「え、なんのこと?」としらばっくれますが、その顔は明らかににやけています。続けて僕が「家族の分までありがとうございます」と伝えると、長野さんは「いいよいいよ」と答えました。もはや自白したも同然でした。僕は内心、「こんな格好いいことを俺もサラッとやってみたいな……」と思っていました。

 プロ野球では基本的に投手は投手、野手は野手で固まって行動します。投手と野手で練習メニューが分かれていますし、ロッカールームも少し離れています。一緒に過ごす時間が長くなると、関係性も濃密になっていきます。

 でも、長野さんはそんな投手と野手の垣根を取っ払ってくれる人でした。投手会の飲み会に参加した長野さんの立ち居振る舞いに、僕は目を見張りました。

 楽しく談笑しながらも、先輩のグラスが空きそうと見るや「何頼みますか?」と声をかけ、後輩が気を利かせて立ち上がろうとすると、「立たんでいいよ」と制して自ら動く。僕はそういうことが苦手なので、余計にまぶしく見えました。

 僕の結婚披露宴にお呼びした時、長野さんは率先して妻方の親族にまでお酌をして回ってくれました。同席した友人がサインを頼んでも、長野さんをはじめ巨人の選手たちは快く応じてくれたそうです。

「プロ野球選手って怖いイメージがあったけど、みんな本当にやさしいね。披露宴に行けてよかった~!」

 そんな友人からの反響が次々に届き、僕は同僚として誇らしかったです。長野さんはもちろん、僕が大好きな人たちの素晴らしさが伝わったのだと思いました。