「中学時代の彼を知っている指導者なら、誰もが口をそろえて言うんちゃいますか」
一方、そんなロッテでは“本家”のダイナマイト山本が、同じ右の外野手として手本にすべき存在が、9歳年上で、“元祖”とも言うべき「ダイナマイト・シンゴ」石川慎吾。
11年の夏。その石川を擁して当時の東大阪大柏原を初の甲子園へと導いたのが、現在は近畿大を率いて佐藤輝明(阪神)らも輩出したアマ球界きっての名伯楽・田中秀昌監督だ。
「出会いは、中学野球。キャッチャーの道端(俊輔/現・興国高コーチ)が欲しくて観に行った試合で、エースとして投げとったのがたまたま慎吾やったんです。ただ、私としては彼の思いきりのいいスイングが気に入ってね。道端は智辯和歌山で決まってるって言うから、彼に声をかけて。入学後は、1年生のときから外野で試合にもすぐ使いましたね」
とはいえ、中学時代の本塁打はたったの2本。当時は身体の線もひときわ細く、タイプ的にものちに高校通算55本塁打をマークして注目を集めた“スラッガー”ではまったくなかった。
「中学時代の彼を知っている指導者なら、誰もが口をそろえて言うんちゃいますか。あの石川慎吾が、プロで10年以上もメシを食えるようになるなんて思いもしなかった、って。ただでも、練習をすることにかけては、数多くの選手を見てきた私の指導者人生のなかでもトップレベル。練習が好きかは別としても、なにより野球が好きな子であることは間違いないですね」
同じ大阪の強豪である母校・上宮高でも長くコーチ・監督を務めた田中監督のもとからは、それまでにも多くの教え子がプロ球界へと巣立っている。ロッテとの縁で言えば、97年のドラフト1位・渡辺正人も、石川と同じく高校からダイレクトでプロ入りを果たしたひとりだ。
「石川は日本ハムでドラフトにかかった当初は、指名順こそ近藤健介(現・ソフトバンク)よりも上の3位でしたけど、プロ入り時点の技術や能力という部分では、かつての渡辺のほうが断然上。それでもここまで現役を続けられているのは、ひとえに彼自身が努力を怠らなかったからに他なりません。
高校のときも朝早くから出てきて、バットを振ってる姿をよく見ましたし、闘争心も人一倍。3年生のときにはキャプテンにも指名しましたけど、言うだけじゃなく、誰より自分が練習をして、結果もきっちり残すから、まわりも自然とついていきましたしね」
毎年オフ、契約更改が終わるたび、田中監督のもとには「今年も契約できました」と、当の石川から必ず決まって連絡が来る。ロッテに移籍が決まったときも、それは同じ。そんな律儀さもまた彼が、チームが変わっても「必要とされる」選手であり続けるゆえんだろう。
「アマチュアからプロに何か言うなんてのもおこがましいですし、私にできるのは陰ながら応援をすることだけ。とにかく怪我だけはしないよう、1日でも、1年でも長く活躍してくれることを祈るばかりです。ただ、たとえ満足のいく結果が出ないときでも、声でまわりを鼓舞したり、できることはたくさんある。もともと明るくキャプテンシーもある彼は、それができる選手だと思いますしね」
ちなみに、パンチ力に定評のある石川だが、当の本人は高校時代から「大きいのを放つより、チャンスで打てる打者が理想」とキッパリ。「無死から3打数3安打打つよりも、(無安打で迎えた)最後の打席の2死二塁でタイムリーを打てたほうが、自分はよっぽどうれしい」(『アマチュア野球』11年10月号)とも語っている。
今季ここまでの成績は、打席数こそ少ないものの打率.345。代打打率も、ベテラン・角中勝也に次ぐ.385と、高校当時の言を地でいく抜群の勝負強さを誇っている。(9月26日現在)
目下チームは、“特例2023”抹消のオンパレードで瓦解の危機に瀕している。だが、それはそれとして、また季節が巡れば、横一線でペナントレースはスタートする。
手探りから始まった吉井ロッテも、勝負の2年目。新旧ふたりの“ダイナマイト”こそが、どこか煮えきらないロッテ野手陣に活を入れる文字通りの起爆剤になると、信じたい。
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