この「文春野球」で書く最後のコラムは、ふたりの“ダイナマイト”と決めていた。

 20年の育成ドラフト3位指名から昨季支配下契約を勝ち取った期待の3年目・山本大斗と、今年7月3日に小沼健太とのトレードで巨人から加入した12年目の石川慎吾。

 プレースタイルは異なるも、ともに高卒からのプロ入りで、ともにパンチ力のある右の外野手。図らずもロッテで並び立つことになった新旧“ダイナマイト”は、いかにしてプロへとたどり着いたのか。

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 その大きな“ターニングポイント”である高校時代の恩師に、彼らの素顔をうかがった。

石川慎吾 ©時事通信社

「ワシにとってはあいつもかわいい“教え子”の一人なんですわ」

 若き“ダイナマイト”山本大斗は、“密な青春”の締めくくりをコロナ禍に直撃された悲運の世代。目標としていた甲子園は戦後初めて、春夏ともに開催中止。その直前、在籍していた島根・開星高の野球部では、当時の指導者らに不祥事が発覚。突然の監督交代劇にも見舞われた。

 これら一連のトラブルを受けて、8年ぶりの“再登板”となったのが野々村直通監督。角刈りにグラサンの昭和コワモテルックから“やくざ監督”の異名も取った名将だ。

「就任した当初は、前の監督があることないこと吹き込んどったのもあって、ワシの言うことなんか誰も聞きやせん。試合をしても、ワシの目の前でキャプテンが勝手に投手交代の合図を送る。サインも見ない。そら、ヒドい状態やったんです。

 ただ、そんな中でも大斗は違ってね。唯一馬が合ったいうか、彼だけは早い段階からこっちの言うことに素直に『やります!』と返してきた。だから、たった数ヵ月の付き合いをそう呼んでいいかわからんけど、ワシにとってはあいつもかわいい“教え子”の一人なんですわ」

 着任早々の緊急事態宣言によって、夏までの大切な時間はその大半が奪われた。だが、野々村監督の指導はおろか、練習自体がままならない中でも、当の山本にブレはない。「育成でもなんでもいいから、プロに行きたい」。その想いだけを一心に、来る日も来る日も、ひたすらバットを振り込んだ。

「ウチからプロに入った梶谷(隆幸/巨人)や糸原(健斗/阪神)なんかとは、またちょっとタイプは違うけど、彼らに共通しとるのは、こっちが感動を覚えるほどに、とにかくよう練習するということ。もっとも、大斗に関しては、そこまで深い接し方ができんかっただけに、心配もしてたんです。

 プロに入ってカッコつけることを覚えたら、途端にラクなほうへ流れてしまうんやないかって。なんせウチには、抜群のセンスを持っていたのに、スキあらばすぐ怠けようとするタイプやった白根(尚貴/元ソフトバンクなど)みたいなやつもおったからね(笑)」

 プロ3年目。いまのところ、野々村監督のそんな心配は杞憂に終わっている。練習に対しては、とにかくひたむき。こまめに連絡をくれる担当の黒木純司スカウトからは「やりすぎなぐらい練習をする。少しセーブするぐらいでないと逆に故障が心配だ」との声も出るほどだ。

「今年もオールスター休みのときにこっちに顔を出してくれて、『いまは野球が仕事なんで、高校で授業を受けてた時間も野球ができる。それが楽しいんです』と。まぁ、ガタイこそいいけど、もともと筋肉は固い子やから、こっちも『要領よくせな、いかんよ』とは言うたけどね。

 とはいえ、そこを気にしすぎて、長所が消えたら元も子もない。彼に求められているのは、やっぱり長打。ちょこんと当てに行ってヒットを稼ぐぐらいなら、3つ思いっきり振ってベンチに帰ってくればいい。ロッテの(吉井理人)監督さんもそこを気に入って、目をかけてくれてるんやろしね」

 21年。ルーキーイヤーのイースタン開幕戦では、プロ初打席の初球をフルスイングして初アーチ。今季の1軍初昇格となった5月24日の西武戦では、待望のプロ初安打もマークした。2軍で放った昨季の本塁打12本、今季の9本はいずれもチームトップと、その片鱗も十二分に発揮する。

「右の大砲という自分の稀少価値を信じて、とにかく悔いなくやってほしい。ワシの願いは、ただそれだけ。野球のしすぎで故障をするなら、それもまた彼にとっては本望やろうと思うしね。来年の春には、ワシを信じてご両親が託してくれた彼の弟も、同じ関東の大学に進学する。それでまた張り合いも出てくるやろうし、なんとか結果につなげてくれたらうれしいね」