魔法のように便利なAIは、恐怖も与えてくる。Chat GPTなどが話題だが、わかりやすいのは、ディープフェイクだろう。
ディープフェイクとは、ある人物の動画や音声を合成するAI技術、それによって作られた偽の情報を指す。近年とくに話題になったのが、俳優トム・クルーズを模したTikTok投稿。映像中、さわやかに登場しながら転んだり、ペロペロキャンディに感動したりするトムは、すべて顔を合成してつくられた偽物だった。
強豪チアリーダーチームで起きた衝撃の事件
アメリカでは、信じられないディープフェイク事件が衝撃を呼んだ。舞台となったのは、田舎町の強豪チアリーダーチーム。チーム内競争も激しいエリート女子集団だ。コロナ禍の夏、10万人のSNSフォロワーを誇る16歳のブロンド選手、マディの喫煙映像がコーチのもとへ届けられた。差出人不明の密告により追放処分の危機に瀕した彼女は、驚きと恐怖で号泣したという。
「あのビデオに映ってるのは私じゃない。でも誰にも信じてもらえない。証拠があるって言われるから…でも、あれは絶対に捏造」。
マディを信じた母親は、ビデオを警察に通報。さらに、ほかの親たちとともに、合計4人のチアリーダーが嫌がらせ被害を報告した。1ヶ月ものあいだ、見知らぬ電話番号からの脅迫、さらには少女たちの非行を偽造したディープフェイクが届きつづけていたのだという警察は、回線を調べることで、一人の容疑者を逮捕した。その正体とは、チア軍団エースたるアリーの母親、ラファエラだった。
こうして「ディープフェイク・ママ」が全国ニュースになった。地元の警察は、件の映像をふくめたサイバーハラスメントでラファエラを刑事告訴。さらに、マディ親子は有名ニュース番組に出演していき、被害経験を語っていった。母親が子どものライバルを蹴落とそうとした話は、そこまで鮮烈なネタでもない。しかし、普通の中年が他人の人生を破壊するほどリアルな偽動画を作った物語は、人々にAI普及時代の恐ろしさを感じさせるに十分だった。