「戦力外通告を受けた日のことを思い出した」
突然、赤坂さんが告白した。「松坂さん、2月26日に韓国チームとの練習試合で1イニングを投げたんです。僕、あの時、泣きそうになったんです」。生まれて初めて他人のプレーで涙腺が緩んだという。
「抑えてほしいですけど、もう抑えるとか、抑えないとかはよくて。立ち姿を見るだけで目頭が熱くなりました。1球投げるたびに涙が出そうになりました」。思わず、聞いている私までジーンとした。しかし、次の瞬間、耳を疑うフレーズが飛び込んできた。
「僕、あの試合を見ながら、戦力外通告を受けた日のことを思い出したんです」
「え?」
昨秋、名古屋市中区の球団事務所で自由契約を言い渡された赤坂さん。顔面蒼白だった。私は失意のどん底にいた彼にマイクを向け、「今後はどうするつもりですか」と迫った。「いや、今はちょっと……」。声を絞り出すのがやっとだった。その日を思い出すとはどういうことか。
「戦力外通告を受けて、帰宅して、玄関を開けると、妻が出迎えてくれました。僕は『クビになった。今までありがとう』と言いました。すると、妻が『こちらこそありがとう』と返してきたんです。僕、その時さっぱり意味が分からなかったんです」
赤坂さんは続ける。
「でも、やっと分かりました。僕、松坂さんに『ありがとう』なんです。『お疲れ様でした』ではなくて。一緒にいて、とにかく格好良くて、優しくて。失礼ですけど、身内みたいな感覚になっていて。だから、選手としていてくれるだけで幸せなんです」
強い陽射しが降り注ぐ北谷の青空の下、赤坂さんは初めてプロ野球選手の家族の気持ちを知った。私はあなたをずっとそばで見てきた。支えた。応援した。だから、ユニフォーム姿でグラウンドにいるだけで嬉しかった。胸が熱くなった。夢をありがとう。幸せな時間をありがとう。冷たい空気が張り詰めたあの日の玄関で感謝の言葉を口にした妻の心境がやっと分かったのだ。
ペナントレースが始まる。ファンには批判する権利があり、応援する義務はない。勝てば賞賛。負ければ罵声。これで構わない。今年もきっと全国のスタジアムに熱狂的なプロ野球ファンが集うだろう。でも、その中には選手の家族がいる。親身になって支える裏方さんがいる。そんなことにも少し思いを馳せながら、さぁ、戦う男たちの姿を目に焼き付けようではないか。
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