ただ、この告示が出る前に朝鮮人の「盲動」が新聞に登場するのは、同じ東日の3日付で「不逞鮮人各所に放火し 帝都に戒厳令を布(敷)く」という記事だけのようだ。記事は地震の被害と避難民の混乱を述べた後、こう書く。
朝鮮人抜刀事件が起こり、警視庁・小林警務係長ほか特別高等刑事、各部長刑事約30名は5台の自動車で現場に向かった。当市内の鮮人、主義者らの放火及び宣伝など頻々としてあり、2日夕刻からついに戒厳令を敷き、検挙に努めている。2日未明から午後にわたり各署で極力捜査の結果、午後4時までに本郷冨坂署で6名、麹町署で1名、牛込区(現新宿区)管内で10名の計17名の現行犯を検挙したが、いずれも不逞鮮人である。
「強盗、強姦はすべて朝鮮人のせいだった」と言い切った記事も…
東日の記事は「鮮人いたる所めつたぎりを働く 二百名抜刀して集合 警官隊と衝突す」の中見出しを挟んで、朝鮮人の「盲動」を記している。それによれば、避難した人たちの空き家に放火。警察各署が2日朝から警戒中、午後になって淀橋(現新宿区)のガスタンクに放火しようとする一団を見つけ、追い散らして一部を逮捕した。同様の行為をした者は数知れず、政府当局も午後6時、戒厳令を出した。
200人の朝鮮人が抜刀して目黒競馬場に集合しようとして警官隊と衝突。双方数十人の負傷者を出したという情報が警視庁に届いた。正力(官房)主事以下30人が現場に急行する一方、軍隊の応援を求めた。また、警視庁本部備え付けの自動車を破壊しようと爆弾を持って近寄った一団20人を逮捕したが、逃走した者は数知れず、だったという。記事はこの後「鬼氣(気)全市に漲(みなぎ)る」「軍隊全動員」「日本人男女十数名をころす」が中見出しの記事が続く。末尾に「鮮人のために東京はのろひの世界」の中見出しで「1日夜の火災中の強盗強姦犯人は全て鮮人の所為(せい)だった」と言い切った。
正力官房主事はのちに読売新聞を買収して社長に就任する正力松太郎。同じ3日付朝刊段階で朝鮮人に触れたのはほかに3紙。神戸は「松本電話」で久邇宮家家令が「東京市内の火薬庫を鮮人が爆破させているという流言蜚語が伝えられ、市民は先を争って郊外に逃れ、混乱は言葉に表せないものがあった」と語ったと報道。山陽は「山本伯暗殺は不逞鮮人か」といううわさを、朝鮮人が赤羽の火薬庫を爆破させたといううわさと合わせて伝えたほか、「名古屋電話」の別項で「焦土と化した東京市中は大混乱を呈し、鮮人らは跋扈。非常に横暴を働いていて無秩序の状態にある」とした。
樺太日日は全く異なる「鮮人大暴動」という記事で、「関東地方の震災に乗じ、不逞鮮人は相呼応して突如暴動の挙に出たのに、朝鮮守備隊は直ちに鎮静に努めようと出動。朝鮮は目下鮮人と守備軍と対交戦中との報が本日午後0時半、某所に到着した」。場所は朝鮮のようだが、情報源も書いておらず、いかにも怪しい。