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揚げ具合がドンピシャの「かき揚げ」

 まずつゆをひとくち。返しはやや薄口で鰹節を中心にした混合節の出汁のうまみが広がる。「かき揚げ」は玉ねぎや長ネギが入ったシンプルな構成だが、揚げ具合がドンピシャ。カラッと揚がっており歯ごたえもほぐれ具合もなかなかよい。そばは透明感のあるコシの強いタイプでつゆとの相性が抜群だ。「たぬき」と「わかめ」もいい仕事をしている。

 あまりのうまさに一気食いして、気が付けばどんぶりは空っぽである。「こんなに美味しいのに開店してすぐ来なくてすいません」と店主に話をしたら、笑いながら次のようなことを切り出した。

「いえいえ、ありがとうございます。うちも来年でこの店が10年になるのであと1年で閉店しようと思っているんですよ。それまではがんばりますけど」

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「え?」と引きつった顔で聞き返してしまった。後客も入って来たのでそのまま店を出ることにした。『来年閉店? それは困る。何かあるのだろうか』

「冷しかき揚げそば」は秀逸な味である

「ネギ天」を求めて、1週間後に再訪

 後日知り合いのそばの達人に聞いたところ、こちらは「ネギ天」が抜群にうまいので再度それを実食すべしとの指令が飛んできた。1週間後、また午前中に伺うと店主はにこやかに迎えてくれた。

 店主の名前は宮﨑竜彦さん(59歳)で奥さんの千恵子さんと夫婦で店を切り盛りしていることが分かった。さっそく「冷しネギ天そば」(510円)を注文すると、「これから揚げるので少々お待ちください」とのこと。宮﨑店主は天ドロ(※)にやや厚めに輪切りしたねぎを放り込み、あっというまにフライヤーに天ぷらを落とし揚げ始めた。手先が器用なのだろう、よどみなく揚げていく。 ※天ぷら衣の意。

アツアツの「ネギ天」と冷たいそばのコントラストが抜群

「ネギ天」ができる間、少し話を聞くことができた。「蕎麦たつ」は2010年9月に芝浦で開業した。その前は「富士そば武蔵小山店」のオープニングスタッフとして奮闘したそうである。そして紆余曲折あって2014年9月に今の浜松町で再スタートとなったという。そして順調に過ごしていたのだが、コロナ禍に襲われることになる。「売上げは3分の1まで激減して、一時は店をたたまないとならないところまで追い詰められた」という。店ではアルコールの提供もしていなかった。補助金の申請も限られたという。

 なぜ来年閉店するのかを訊いたところ、少し考えながら次のように話し出した。

「以前はアパレルの仕事をしていてその後独立して子供服の店を経営しました。子供たちがいたので必死に働きましたね。ところがリーマンショックで景気が悪くなり、飲食の仕事へ。そして自分たちでもできる立ち食いそばの世界へ入りました。そして来年15年になります。その間、コロナ禍、原材料費、光熱費の高騰が襲いました。

 そして世の中の働き方が変化した今、以前のような売上はおそらく出すことはできないだろうと思います。60歳という節目を迎え次のステップを考える時かなと思っています。もちろん、仕事が嫌になったとかではないです。大切な常連さんもいますし。だた親の介護のこともあって、次のキャリアを考えて他の道に行くか、これからどう生きていくかを1年かけてゆっくり考えていきたいんです」

 そんな話をしていると、「冷しネギ天そば」が登場した。「長ねぎ」の輪切りに「小えび」が散らされて軽やかに揚げられている。「ネギ天」を頬張るとアツアツでネギの香りが口内に広がる。えびの味がいいアクセントになっていて、相変わらずつゆもうまいし、そばもコシがあって最高だ。