公正取引委員会は9月22日、ヤフーなどのニュースプラットフォーム事業者に対し、メディアに支払う記事使用料などに関する調査報告書を公表しました。それによると、プラットフォーム事業者6社がメディア各社に支払う記事の対価(許諾料)は、1000PVあたり平均124円。特にシェアが大きいヤフーニュースはメディアに対し優越的地位にある可能性を指摘。使用料が著しく低い場合は、独占禁止法違反になり得るとの考えも示しました。強大なIT大手に対して、日本企業はなぜ翻弄されるばかりなのでしょうか。
公正取引委員会の前委員長・杉本和行氏による「アップルとかく戦えり」を一部公開します(「文藝春秋」2021年11月号より)。
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巨大プラットフォームとどう向き合っていくのか
米アップルは9月1日、日本の公正取引委員会による調査を受けて、2022年に全世界で規約の一部を変更することを発表しました。書籍や音楽、動画などのコンテンツを閲覧する「リーダーアプリ」について、15~30%の配信手数料を回避できるようになる規約変更をアップルが申し出たのです。「異例の譲歩」という報道もありました。
iPhoneなどで使うアプリは、現状ではすべて「アップストア」からダウンロードしなくてはなりません。これまで、アプリ開発者はそこでアプリを売るために“アップル税”とも言われるような手数料を納める必要がありました。いわば“胴元”に“ショバ代”を納めることにも例えられるようなものです。今回のアップルの決定は、先述のリーダーアプリにおいて、この“アップル税”を払わずに済む、外部の決済手段への誘導(アウトリンク)を認めるというものでした。
これを受けて、翌2日、公取委は規約改訂確認後の調査終了を発表。巨大IT企業への規制強化の動きは世界的な潮流です。日本の公取委も世界最大の企業であるアップル相手に、自由で公正な競争を制約する行為を止めさせる対応を引き出しました。これは日本のイノベーションにとって重要な一歩だと言えます。
アプリを開発する事業者にとっては、30%等の手数料がなくなることで収益改善が見込まれ、コンテンツの価格低下にもつながるでしょう。わが国でのスマートフォン出荷台数の半数近くはiPhoneが占めていますから、スマホなしの生活が難しくなっている私たち一人ひとりにも、今回の決定がもたらす影響は広く及ぶことになります。
しかし、これは第一歩に過ぎません。アップルだけでなく、GAFAと呼ばれるグーグルやフェイスブック、アマゾンといった世界を股にかける巨大プラットフォーム企業とどう向き合っていくのか。このことは、わが国の経済や社会に突きつけられている重要な課題なのです。
今回の“アップル税”問題には、私が公取委員長だった2016年2月から調査に取り組んできました。まず、経済産業省と連携を取りながら関係者への聞き取りを進めていくと、事業者がアプリを「アップストア」で販売しようとすると、逃れようのない形で手数料を徴収されることが明らかになった。これは事業者に対して不当な不利益を与えており、自由で公正な経済活動、企業間の競争を阻害してはいないか、という懸念を有するにいたったのです。
アップルとの厳しい議論
公取委は、戦後の1947年に施行された独占禁止法の執行機関として設立されました。独占禁止法の最大の要諦とは、自由で公正な競争が確保される市場という環境を守ることです。アップルが「リーダーアプリ」に関して決済手段を拘束し、“アップル税”を取ることで自由で公正な競争を阻害し、不当な利益を得ているのだとすれば、それは公取委として関心を持たないわけにはいきません。公取委とアップルの間では、相当に厳しい議論の応酬が繰り広げられました。
この調査は今回の調査終了の発表にいたるまで、約5年の歳月を要しました。守秘義務等の障壁もあって、アプリ開発者などの事業者側から実態を聞き取ることに時間がかかったものと思います。アップル側も、当初は「まったく問題ないだろう」と考えていたはずです。
一つの転換点になったのは、「ケンブリッジ・アナリティカ事件」ではないかと思います。2016年の米国大統領選で、SNS最大手であるフェイスブックから選挙コンサルティング会社であるケンブリッジ・アナリティカに8700万人もの個人情報が不正流出したことが、2018年に発覚。それらの個人情報が世論操作に使用されたのではないかと、批判が噴出しました。