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「万太郎が図鑑を完成させてめでたし」では終わらない

 さらに、標本整理の仕事の依頼主である万太郎の三女・千鶴を演じるのが、万太郎の祖母のタキを演じていた松坂慶子であることにも、この物語が絶えず描いてきた「循環」「輪廻」をしみじみと思わされる。

 朝ドラで、主人公の幼少期を演じた子役が、のちに子や孫の役で再登場するケースはよくある。『らんまん』でも、子ども時代の万太郎を演じた森優理斗が孫の虎太郎役で再登場している。しかし、祖母役を演じた俳優が主人公の子を演じるというのは、筆者が知る限り朝ドラでは初めてのことだ。

万太郎の祖母・タキと三女・千鶴を演じた松坂慶子 ©時事通信社

 このドラマは、「万太郎が図鑑を完成させてめでたしめでたし」で終わらない。万太郎の死後も、その志を次の世代へ、そのまた次の世代へとつないでいくという、もっと大きなテーマに挑んでいる。祖母役を演じた松坂慶子が娘役で再登場するという作劇も、江戸時代末期からはじまって、現在にも地続きの、長い長いスパンのバトンリレーを描く本作ならではといえるだろう。

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 半年という長い期間、そして月曜から金曜まで毎日放送される朝ドラは「積み重ね」が要だ。物語の積み重ね、演者とスタッフの研鑽の積み重ね。また、作り手と視聴者の信頼関係の積み重ねであるともいえるだろう。優れた朝ドラの最終週は、その積み重ねの総仕上げとして、半年間物語を見続けてきた視聴者への「ご褒美」の形をしていることが多い。『らんまん』最終週の月曜日から始まった「昭和33年」のエピソードには、まさに宝物のような「ご褒美」がたくさん詰まっていた。

万太郎の生きた証を刻む「積み重ね」の極み

主人公・槙野万太郎を演じた神木隆之介 ©文藝春秋

 前の年に万太郎が亡くなって、今は三女の千鶴が一人で管理しているという練馬の槙野邸は、すでに主の姿はないのに、家のどこを見渡しても「万太郎! 万太郎! 万太郎!」なのである。

 うずたかく積まれた無数の標本、きっと亡くなる直前まで読んでいたであろう学術書の数々、真っすぐに筆が置かれ、整頓された作業机、採集旅行で全国津々浦々を万太郎と共に歩き回った胴乱とハット帽。半年間このドラマを観てきた視聴者なら知っている、万太郎の「生きた証」があらゆる場所に刻まれている。それを鮮やかに見せてくれるスタッフの仕事に圧倒されるし、これぞ「積み重ね」の極みといったところだ。