半世紀越しに感じる父のまなざし
母と兄は、そんな父の度を越えた写真好きを疎ましく思っていたようだ。小学校高学年になると、父の写真につきあうのは、もっぱら田中さんの担当になった。しかし、そんな日々は、ある日突然終わる。高校3年生の春の日の早朝、父はトイレで意識を失い、そのまま帰らぬ人となった。家庭菜園の世話をしていた母は異変に気付かず、発見が遅れたのだ。52歳、早すぎる旅立ちだった。
今ならわかる。父がどんな思いで、自分たちの姿を撮影していたのか。写真と共に小さな文字でつづられた日記には、父の思いが溢れている。
『応接テーブルを布団の上に置き、その上から写す。成人は少しぴくぴくする。起きないかとヒヤヒヤ、苦労作である』
『成人は最近、寝ている時近寄ると目をあけてニコッと笑い、相手になるとすごく笑うようになった』
『小生と成ちゃんの二人で八幡さんへ初詣。成ちゃん来た時から「汽車ポッポ買うてな」とずーというてたもので。今、成ちゃんと何にしようかと物色中』
写真を一枚一枚整理するうちに、家族の愛しい時間を一瞬も漏らすまいとファインダーをのぞきこんでいた父のまなざしを、半世紀越しに感じることができた。
「あの作文を訂正したい。あんなふうに家族で過ごした時代もあったんだなと知ったので……。ごめんね、写真や日記を残してくれてありがとう、と言いたいです」
今年8月、妻の提案で、西脇市で父の写真の展覧会を開いた。2週間の期間中、北は北陸、南は九州まで。Instagramのフォロワーを中心に、全国から約1500人ものお客さんが訪れた。写真をみるなり、涙する人、昔からの知り合いのように懐かしそうに田中さんに写真の感想を語ってくれる人……。想像以上の反響の大きさに驚いた。