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観客の拍手と上演を禁じた⁉

 まず、全幕において観客に拍手を禁じたと言われる。なぜならこの楽劇は他のワーグナーの楽劇と違って神聖な「祝典劇」だからだ。かつて「拍手を禁じてはいない」という声明が出されたこともあったが、僕はワーグナーは禁じたのだとマジで信じている。

 そして最強に厳しい条件が、「『パルジファル』は『バイロイト祝祭劇場』以外で上演してはならない」というものである。

今年の『パルジファル』のパンフレット

『パルジファル』はワーグナーの全作品の中で唯一、バイロイト祝祭劇場の竣工後に完成した作品だ。ワーグナーは、自身が設計し、理想の音響と観劇環境を体現したバイロイト祝祭劇場で上演されることを「前提」としてこの作品を作曲した。

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 指揮者にもよるが、25分に及ぶ前奏曲から第3幕のクライマックスに至るまで超大規模のオーケストラが重層的かつ重厚な音楽を鳴らし続ける本作は、楽器の音が複雑に混ざり合い、四方八方から音が聞こえる構造のバイロイト祝祭劇場でなければワーグナーが満足する形での上演は不可能なのだ。

 拍手の禁止と劇場の指定という2つの条件のうち、後者はワーグナーの死後、遺族によって30年にわたり守られたが、今日では世界各国のさまざまな歌劇場で『パルジファル』が上演されている。

 前者も多くの歌劇場では形骸化してしまっているが、バイロイト音楽祭ではいまでも、自らの作品の世界観を崩されたくないワーグナーに敬意を表して、第1幕の後はカーテンコールを行わない。初めてバイロイトで『パルジファル』を観る観客は第1幕が終わったあとつい拍手をしてしまうのだが、周囲のベテランの観客や熱烈なワグネリアンから「シーッ!」という声がかかって拍手を止められたりする。

 僕が初めてバイロイトで『パルジファル』を観劇したのは確か2009年だが、噂で聞いていた通り第1幕の終幕後にカーテンコールがなく、まばらな拍手すらだれかの「シーッ!」という発声でピタッと止まった光景にぞくぞくしたのが忘れられない。

 そして今年2023年のバイロイト音楽祭は、この最も特別な作品である『パルジファル』の新演出が上演される「特別な年」だった。

 オペラというと、豪華な衣装や古典的な世界を想像する方も多いかもしれないが、大胆な読み替えやアバンギャルドなオペラ演出が盛んなドイツ語圏の中でもとりわけバイロイト音楽祭は、とても現代的でめちゃめちゃ「攻め」た演出で知られる。かくいう今年が初演版となる『パルジファル』もそうだった。

写真=著者撮影

小佐野彈さんによる「『バイロイト音楽祭』最新報告」前後編の全文は、「文藝春秋 電子版」に掲載されています。