文春オンライン

学生に「不条理さ」を体感させるブラック企業の異様な採用選考

「おかしなテンション」になって「みんな泣いていた」

2018/03/22
note

周到に考え抜かれた心理操作のプログラムに見える

 こうした不合理で理不尽な採用選考・研修は、ブラック企業に共通している。彼らがそうした研修を行う理由は簡単だ。就労後の異常な労働環境に従う態度を身に付けさせることが目的だからだ。私には、実は周到に考え抜かれた心理操作のプログラムに見えるのである。

 特に、採用元のA社で「求人詐欺」が行われている点に注目したい。「求人詐欺」はブラック企業の典型的な採用方法で、職務手当に3万円などの固定残業代を含ませて表示し、実際の労働条件よりも高く見せる採用方法である。エステ業界をはじめ、人手不足のサービス業では横行している。

 だが、だまされて採用された若者たちは、当然すぐに辞めてしまうことになる。もちろん、就職後にすぐに辞めてしまうと履歴書に傷がつく(ブラック企業は意図的に「履歴書を人質にとっている」のである)。とはいえ、「だまされた」感情を抱えたままでは仕事にやる気は起きないだろう。

ADVERTISEMENT

 そこで、異様な採用選考・研修が威力を発揮するわけだ。採用・研修の段階で「理不尽な状況」に耐える力を養うことで、求人詐欺が発覚する時点では、もはやおかしいと思う冷静さや社会常識は破壊されている。つまり、こうした「異様な採用選考」は、ただ若者を従順にするだけではなく、それによって、最悪の労働条件で採用しているにもかかわらず、できるだけ長く働いてもらうことをも可能にするのである。

ブラック企業は「履歴書を人質に取っている」 ©iStock.com

 こうした心理操作に関し、ブラック企業は社運をかけて研究しているし、外部の専門機関も日々、成長し、やり方を洗練させている。いかにブラック企業の「使い潰し」を目的とした採用・労務管理が周到に準備されているのかがわかるだろう。世に知られるようになったからと言って、決してブラック企業を侮ってはならないのである。

異様さに気付いたら、すぐ専門家に相談を

 今回のケースは、ブラック企業の被害にあった当人たちが、たまたま採用選考での「洗脳」に強く影響を受けていなかったため(むしろ、ハマっていく同僚に異様さを感じていた)、早期に私たちへの労働相談に結びついた。

 結果として、労使交渉の末、A社からは未払いの賃金などを回収することもできた。当人は現在、体調を回復させ、新しい仕事に向けて専門学校に通っている。

 政府が「働き方改革」の成果を強調する一方で、「異様な採用選考・研修」を用いて問題自体を封じてしまうブラック企業はますます増えている。若者には「洗脳」に対する心構えを持ってほしいとともに、周囲の親・教師にもその危険性を広く知っていただきたい。

 そして、「求人詐欺」や「異様な採用選考・研修」の存在に気付いた段階で早期に私たち外部の専門家へと橋渡しをしてほしい。今回の事例のように、残業代だけではなく、場合によっては採用選考・研修自体による被害(精神疾患など)についても賠償を得ることができることがある。

 早めの外部機関への相談は、よりよい解決へ導く最良の方法であることを強調しておきたい(下記に無料相談窓口を掲載しておいた)。

INFORMATION

NPO法人POSSE
03-6699-9359 
soudan@npoposse.jp 
http://www.npoposse.jp/

ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪 (文春新書)

今野 晴貴(著)

文藝春秋
2012年11月19日 発売

購入する
学生に「不条理さ」を体感させるブラック企業の異様な採用選考

X(旧Twitter)をフォローして最新記事をいち早く読もう

文春オンラインをフォロー