【五つ目の指令】
「無の状態から価値を見いだせ。全員で1万円を集めろ」といわれる。
「何をしたら良いんですか?」と聞くと、「自分で考えなさい」といわれる。やめたい、しかし連帯責任。分からないから「何でもやります」とスケッチブックに書いて原宿で声を掛けまくった。若い人が多く、笑われるし、気味悪がられる。怖いからみんなで声を掛ける。言いがかりをつけてくる人もいる。本当に危なくなった場合には、X社の人が「そういうのではないので」と止めに入る。
初めてお金を得たのは「肩もみして」といわれて。これで何百円か得た。
「動かないと何も始まらない」から、「土木のおじさん3人」に声をかけると「スーパーでアイス5個買ってきて」といわれて2000円渡された。帰ってきたら、4000円くれたし、アイスもくれた。実は、買いに行っている間にX社の人が事情を話していた。「おじさん」の1人に就活生の子どもがいて、「就活ってこんなに大変なんだ」と同情してくれた。みんな感動して泣く。やはり「おかしなテンションだったと思う」という。
他にも3000円くれた人がいた。これで1万円貯まった。
【六つ目の指令】
事前に持ってこいと言われていたスーツを着て、会社に行けといわれた。入りたい気持ちを面接官らしい複数人の前で言う。「本気の思いを伝えろ」といわれる。合格なら面接官が立つ、1人でも座っていたら失格。最終的に全員合格。みんな泣いていた。
X社の採用形態は明らかな「人権侵害」
このような採用形態には、一見して、「人権侵害」の要素を見ることができるだろう。
そもそも、「採用する側」と「される側」は対等な立場ではない。使用者と労働者も対等ではないが、採用前の学生はなおさらである。そうした関係性につけこみ、セクシャルハラスメントに代表される人権侵害が起こることは日常茶飯事である。
今回のやり方は、もはや「人権」のレベルで問題になりかねない内容だと思う。実際に、X社は圧倒的に非対称な関係の下で、「通常であれば要求できないこと」を要求している。「無の状態から価値を見いだせ。全員で1万円を集めろ」というのは、あまりにもムチャぶりであろう。
また、この採用選考のもう一つの特徴は、「不合理さ」と「理不尽さ」である。本人は、「たぶん、エステと関連づけながらのミッションだと思う。お客の気持ちになってということを求められていたのでは」と当初は受け止めているのだが、その後の内容は明らかに合理的な接客の訓練には関連してこない。それどころか、一般の通行人から異様にみられるばかりで、むしろ、学生の社会性や社会常識を破壊するかのような内容になっている。この採用プロセスで学ぶことができるのは、「どんな状況でも指示に従うしかない」という絶望感に耐えること、不条理な運命を受け入れること、に尽きるだろう。
例えば、「目隠しをした選考参加者の手を引っ張って、2人で原宿の明治神宮の参道を歩く」という状況はあまりにも無防備に、あらゆる理不尽を受け入れる象徴的な場面に思われる。また、「ミッションよ」というややふざけた調子の伝言が、ますます「異様な扱われ方」への精神をマヒさせる(後から当事者に聞くと、はじめは異様に感じるが、必死にクリアしようとする中で慣らされていくという)。
学生たちは、実際に研修の過程で「おかしなテンション」になっていった。そして、「みんな泣いていた」という。異様な精神状態に追い込まれていることがよくわかる。