喜多川氏の性被害に関する質問に対して、東山氏は質問者の方に向き直ることが多かった。きちんと正面から対応するという姿勢を見せたかったのだろう。
だが彼の声音は違った。
記者から、性加害に対する認識を問われたのだろうか。司会者とは別に彼自信がその記者を指して「結論的にはやはり、見て見ぬふりをしてたのかなということになるのかなと思います」と答えた。話しながら、声のトーンが下がって口調が早くなっていく。
前回の会見では東山氏の声音は力強く、句読点ごとにはっきりと区切るように話していた。しかし今回は、言葉が単調なリズムのままに流れてしまう。
その様子からは東山氏自身にとっても今回の問題が「思い出したくない、直面したくない」ことであると察せられる。
その後、彼の口から出てきたのは「35年、40年くらい前で、自分自身も何が起こっているのかわからないですし、どういう風に行動するべきなのかというのもよくわかっていなかった」という言葉だ。
「僕自身はここに座っていないと思いますし…」
東山氏は右に左に視線を落とし、低い声でこう続けた。
「もしあそこで本当に勇気を出して僕が言っていたら、僕自身はここに座っていないと思いますし、だからこそ、僕は向き合っていかなきゃいけないなと思っているわけですね」
前回の会見で「恥ずかしながら何もできなかった」と話した彼の過去の真実は、「35年、40年前」「もしあそこで」という言葉にあったのかもしれない。
ジャニーズ事務所の中で長年にわたり、喜多川氏の性加害が“噂”以上の信憑性を持たなかった理由の1つは、東山氏の「勇気を出して告発しようとした人は事務所に残れなかった」という意味の発言に現れている。
井ノ原氏も「得たいの知れない、触れてはいけない空気」と声を潜め顔を歪めて表現した。その様子から、井ノ原氏は問題について話すことに対し、怖さや躊躇いがあることをうかがわせた。
会見最後、ここでも性加害の影響について問われた東山氏は、視線を落とし、今まで以上にくぐもった声を出した。追求されればされるだけ、過去に感じた無力感が蘇ってくるのではないだろうか。
「僕はいちタレントとして、合宿所にはいましたけど、やはりそこは触れてはならない部分みたいな、立ち入ってはいけないような感じがありました」
「見て見ぬふりだと言われたら、それまでだなと思うんですね」
過去を思い出すかのようにぽつぽつと話す様子は、それが彼らにとって、ジャニーズ事務所で生き残るための大切な術だったことを感じさせた。
喜多川氏の痕跡は消え、ジャニーズという名前は消滅、事務所も廃業する。
ジャニーズという名前にプライドを持ち、それをエネルギーとして活躍してきたタレントたちほど、過去との決別や再出発には大きな負荷が伴うことになる。
経営者でありながら、公の会見で「私」というより「僕」「僕たち」と表現する彼らをトップに据え、ジャニーズ事務所はどのように変わっていくのだろうか。