ジャニー喜多川氏の性被害について、「ファンはどうしたらよいのかすごく迷っているし、苦しんでいると思う」と語るのは、『ジャニーズと日本』(講談社現代新書)などの著書がある批評家の矢野利裕さんだ。ジャニーズの性加害問題が追及されるいま、あらためてジャニーズの歌と踊りを享受することについて綴った論考を『週刊文春WOMAN2023秋号』より全文掲載する。(全2回の前編。後編を読む。※8月24日に取材し、9月7日のジャニーズ事務所会見を経て、記事化したものです)
僕が時をさかのぼって聴いたSMAP以前のジャニーズの曲
僕の最初の本はジャニーズ事務所が生み出した文化を考察する『ジャニ研!』(共著、2012年、原書房)です。僕はもともとはSMAPが好きでした。1983年生まれなので、小さい頃は光GENJIが大ブーム。SMAPがデビューした91年は8歳で、その後は彼らが国民的スターになっていく過程をずっと同時代的に見てきたわけですね。
中学で洋楽にはまって日本の音楽からは少し離れたんですけど、10代後半で昔のレコードを手当たり次第に聴いていく中で、郷ひろみや少年隊などSMAP以前のジャニーズの曲を再発見していった感じです。
ジャニーズの曲って、当時は世間的にあまり評価されていませんでした。音楽表現が稚拙な、ただカッコいいだけの男の子たちの歌う曲という見方をされていたのではないかと思います。
カッコいい男の子を「ジャニーズ系」と言うほどに、人口に膾炙(かいしゃ)している存在なのに、むしろだからこそ風景のようになってその特徴が見えにくくなってしまっていたのではないか。当時の音楽評論もロック批評が中心だったので、ジャニーズを語る言葉がほぼ存在していませんでした。
そうやって語られてこなかったジャニーズの音楽を、時間をさかのぼって聴いていったのが、とても面白かったんです。
アメリカの音楽をお茶の間向けにしたジャニー喜多川
日系人としてアメリカで生まれ育ったジャニー喜多川氏がアメリカのショー・ビジネスを日本に輸出したのがジャニーズです。彼は『ウエスト・サイド物語』などブロードウェイ・ミュージカルに魅せられていたから、その音楽にはミュージカルの文化が根底にある。何よりステージ映えする音楽であり、じっと聴くというよりダンスフロアで踊るための音楽なんですね。
ジャンルもビートルズ以前のジャズの文脈にあるポップスに始まり、時代とともにディスコミュージックなどを取り入れていった。ラテンやヒップホップなど非ロック・非白人の音楽もやっていく。実はジャニーズの曲はブラックミュージックが元ネタになっていることが多々あります。そういうさまざまなアメリカの音楽を、お茶の間サイズにダウンサイズする手つきがすごく面白いと思いました。これはもう、ジャニー喜多川氏のセンスとしかいいようがないと思います。