ママの怪我以来、僕自身もベストの体調じゃないけど、食事、ゴミ出し、外の枯れ葉掃除……今は僕が全部やっている。いわゆる老老介護です。
2人の朝飯を準備するだけでフラフラ
ようやく気づいたのは、家事ってのは、今までママにやってもらってたけど、目に映る全てが仕事だということ。一番大変なのは食事。簡単なものしか作らないけど、寝てても献立を考えるね。朝、2人の朝飯を1時間くらいかけて準備するだけでフラフラになる。
毎日買い出しに行くけど、お米なんて重くて持って帰れない。だから、免許不要の三輪の電動バイクあるでしょ? 時速6キロしか出ないヤツ。あれを介護用品のレンタル会社から借りて、それで出かけてます。
それでも人とぶつかりそうになって危ない。自転車も大きな音もなくシャーッとくるでしょう。年をとると鈍ってくるから避けられないよ。だから、十二分に、いや十三分に用心して運転してます。
ママが少しでも元気になって、また飯でも作ってくれるようになるまで回復すればいいなと思って、日々やってます。
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財津宅は二世帯住宅。息子夫婦もいるが、なるべく自分の力でやるようにしているという。
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何十年もお世話になったママへの恩返し
息子は日本テレビで働いててね。もう60近いんだけど、海外へ出張したりして、とても忙しいんだ。嫁も仕事をしているしね。だからまだ、手伝ってもらおうとは思っていない。
今のところ、ママをお風呂入れるところまで、全部1人でやっている。もちろんいずれは介護サービスも頼まないといけないし、施設への入居を考えなくちゃいけない。でも、他人様がうちに入ってきて、ママをお風呂に入れたりすることが切ないんだよねえ。
ただ、先日読んだ文春がね、身につまされた。「自力介護の『やめ時』」(2019年12月12日号)ってやつ。自力での介護は限界があるって話。福井県の事件もあったでしょう。90歳代のお義母さんとお義父さんと、足が悪い自分の旦那さんを、奥さんが殺してしまったという。奥さんが3人を看ていたんでしょ。1人でも大変なのに。睡眠薬飲んで、自分も死ぬつもりだったんだろうね。切ない話だね。
僕も、ママが倒れたから一生懸命介護らしきことをやっているけど、いつまでも1人でやれないことはわかっている。ただ「僕ができる間は僕がやる!」と思ってます。何十年もお世話になったママへの恩返し。人生最後のご奉公のつもりなんだ。彼女は来年90歳だけど、100まで生きてもらいたいんだよ。