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 ひとつ遡って、2023年前期の朝ドラ『らんまん』の“実質”ヒロイン・寿恵子(浜辺美波)はどうか。彼女も、「自他境界の線引き」と「対話」を重んじるヒロインだった。寿恵子は、植物学に生涯を捧げた夫の万太郎(神木隆之介)を「三歩下がって陰で支える」のではなく、常に能動的に行動して、夫の夢に“投資”し、共に「大冒険」を続けた。明治時代の物語設定でありながら、実に今日的な人物造形だ。

 寿恵子は、借金取りと交渉するときや、仲居として働く料亭で「お偉方の客」が暴れるのをなだめようとするとき、待合茶屋を開業する際に地元の人々に“プレゼン”するとき、体当たりの「猪突猛進」ではなく、相手の言い分を理解しつつ、知恵と機転によって切り抜けた。

『らんまん』で万太郎の妻・寿恵子を演じた浜辺美波 ©文藝春秋

近年の朝ドラヒロインが言わない「ある台詞」

 このように、朝ドラヒロインは、時代と共に変わってきている。現在、午後2時45分からNHK総合で再放送されている2002年前期の朝ドラ『さくら』を見ていると、なおさらそう感じる。そして筆者は、ある現象に気づいた。近年の朝ドラヒロインの口から、久しく「ある台詞」を聞いていない。かつて「朝ドラヒロインが言いがちな台詞No.1」と言っても過言ではなかった「そんなぁ~!」という台詞だ。

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「そんなぁ~!」は主に、一昔前の朝ドラのヒロインがおせっかいをやいて、他者の人間関係をとりまとめようとしたり、自分の考えを力まかせに押し通そうとしたとき、他者から「No」を突きつけられた際に発生しがちだ。「そんなぁ~!」には、ヒロインの「良かれと思ってやったのに、どうして?」という気持ちが現れている。当時の朝ドラは、ヒロインと他者との自他境界線が、もっと曖昧だった。

『さくら』第5週「昨日の敵は今日の友」を例に挙げてみる。ハワイ生まれの日系4世のヒロイン・さくら(高野志穂)が、英語教師として赴任中の岐阜県・飛騨高山で下宿先の嫁姑問題に口を挟み、仲を取り持とうとするというエピソード。この週でさくらは10回以上「そんなぁ~!」を発動していた。

 しかし、このタイプのヒロインは「No」を突きつけられても「そんなぁ~!」と言うだけで、あまり深く考えない。幼なじみに次いで同期にも「要らぬおせっかい」をやいてしまい、落ち込んでいたスズ子のようには自省しない。

 近年の朝ドラヒロインは「そんなぁ~!」を言わない。それはつまり、むやみに人間関係をこじ開けようとせず、自他境界線をきちんと引いて行動しているのだとわかる。