ただ、僕が丁寧に梱包をしていたら、彼女に「もっと早くしてください!」と怒鳴られてしまって。石田さんの夜逃げは、夫が仕事で外出している間に行うから、僕は十分時間があると思っていたんです。でも、長年夫から暴力を受けていた石田さんは違った。
――どういうことでしょうか。
宮野 もしかしたら、夫がいつもより早く帰宅するかもしれない。あるいは、近所の人が夫に「家の前にトラックが停まっている」と連絡するかもしれない。夜逃げの準備をしている間、石田さんはずっとその恐怖と戦っていたんです。
子供と一緒の夜逃げでさらにプレッシャーを感じていた
――だから宮野さんに対して声を荒げてしまったと。
宮野 石田さんは、多少お皿が割れてもいいから、一刻も早くその場から立ち去りたかった。その緊張感が夜逃げ屋のメンバーにも伝わって、引越し作業が終わるまで、現場には緊迫した空気が流れていましたね。
また、石田さんの場合はお子さんと一緒の夜逃げだったから、さらにプレッシャーを感じていたのかもしれません。何よりも、子どもを安全に避難させなきゃって。
夜逃げの準備をしているとき、お子さんは中学校に行っていたから、荷物を梱包する僕たちスタッフとは別行動で。下校時に社長が迎えに行ったんです。社長から「お子さんと合流できた」という連絡が来たとき、やっと石田さんが“ホッ”とした表情を見せてくれて、僕も安心しました。
なぜ近所の人は依頼者のDVに気づかなかったのか
――石田さんの夫は、お子さんにも暴力を振るっていたのですか?
宮野 そのようです。お子さんが中学生になってから、殴ったり蹴ったりするようになった、と。それで、石田さんは夜逃げを決意したのです。
――近所の人たちは、なぜ石田家でDVが起きていることにまったく気づかなかったのでしょう。
宮野 奥さんは明らかに怪我をしているのに、不思議ですよね。
少し話は逸れますが、今朝ゴミ捨て場で近所のおばちゃんに会ったんですよ。ふとおばちゃんの腕を見たら、青あざがあって。「転んだのかな?」「何かにぶつけたのかな?」と気になりました。でも、なんであざがあるのか、わざわざ聞かなかった。