ピカソとブラックが1907年頃から始めたキュビスムという美術運動は、20世紀初頭の画家たちに大きな影響を与えました。それは絵画の新しい文法のようなもので、対象を幾何学的な立体図形に簡略化して分解し、複数の視点から見たさまを一つの画面に切子状に盛り込むものでした。絵画でしかできない斬新な表現法でありながら、原理が分かれば誰でも取り入れられる普遍性もあったため、多くの追随者を生んだのです。
最先端の画家だったピカソらが新しく台頭してきた商業画廊で作品を展示したのに対し、より伝統的な発表の場であったサロンという展覧会で活躍した画家たちはサロン・キュビストと呼ばれました。そのうちの1人が本作を描いたロベール・ドローネー(1885-1941)。ピカソらが暗いセピア色の色調を好んだのに対し、サロン・キュビストは鮮やかな色使いを好むといった違いがありました。ドローネーの「パリ市」はまさにその好例で、淡いグレーに赤・青・緑をちりばめた、非常に明るい作品です。
キュビスムという手法は対象を断片化して描くため、一部分だけでも何であるか識別できるモチーフを選ぶ傾向があります。本作でも画面全体がモザイクのようにバラバラの色斑に分解されていますが、画面右側のエッフェル塔や左側の橋や船など、手がかりが少なくてもそれと分かるはず。
幅4mの大作である本作には、両サイドにパリの近代的な景色が、やや左寄りの中央には三美神が描かれています。三美神とはギリシャ神話に出てくる女神たちで、古くはポンペイの壁画にも表わされ、ルネサンス期にはラファエロやボッティチェリも扱った西洋絵画の古典的主題です。さまざまな視点から見たパリの姿を組み込み、その近代的な街並みと三美神を並置することで、現在と過去を統合するダイナミックな意図があったのでしょう。
また秩序だった構成になっているのもポイント。まず、両サイドに濃い色彩が配置されており画面が締まって見えます。そして女性像の部分には垂直の方向付け、全体としては左上から右下への連続する流れが示唆されており、統一感を持たせつつも一定のリズムも生まれているので動的な華やかさも添えています。
このリズムと大画面に広がる様々な断片が相まって、街全体を一度に脳内に放り込まれるような、弾ける視覚体験を鑑賞者にもたらしています。
キュビスムの画家たちはその後、それぞれ違った道を進んでいきました。ピカソは具象的な表現から離れませんでしたが、キュビスムの手法を追求して抽象化を進めた画家も出てきます。ドローネーはというと、線の表現に傾きがちなキュビスムから離れて色彩に関心が移っていきます。その片鱗は本作にも垣間見えますが、同展に出品されている「円形、太陽no.2」では抽象的な円環上に対置された色面の効果そのものが主役に据えられています。
INFORMATION
「パリ ポンピドゥーセンター キュビスム展―美の革命 ピカソ、ブラックからドローネー、シャガールへ」
国立西洋美術館にて2024年1月28日まで
https://www.nmwa.go.jp/jp/exhibitions/2023cubisme.html