この絵は、何を描いているのでしょう。実はこれ、ワタリガラスによる人類発見の場面を描いています。カナダ北西海岸先住民の一民族であるハイダ民族の神話に基づくのですが、そもそもカナダ北西海岸先住民について聞き馴染みがない人も多いでしょう。カナダの太平洋沿岸には異なる言語を話し、それぞれ独自の慣習を持った民族が多く暮らしており、総称してそう呼ばれています。トーテムポールを作り、ポトラッチという盛大な贈答儀礼を行う人々と言えばイメージがわくかもしれません。

フリーダ・ディージング「貝の中にヒトを見つけるワタリガラス」(Screen Print “Raven Finds Mankind in a Clamshell”)1980年/シルクスクリーン版画/国立民族学博物館蔵
(国立民族学博物館編『自然のこえ 命のかたち――カナダ先住民の生みだす美』より引用)

 彼らにはトーテムポールを始め、さまざまな儀式の道具や日用品などに自分たちの紋章を刻み、描いてきた伝統があります。そしてその紋章は、彼らが祖先と結びつくと信じる動物・植物・自然現象を高度に図式化したものでした。中でもワタリガラスは多くの神話や伝承にトリックスターとして登場し、多くの氏族の紋章に用いられています。

 西洋からカナダへの移住者が増えて以降、彼らはさまざまな弾圧を受け、20世紀前半までには伝統文化の多くが失われてしまいました。1960年代頃からは様々な社会運動の一環として先住民族の権利回復・文化復興の動きも高まります。アート制作もそれに貢献し、この頃から伝統的な絵柄をシルクスクリーン版画で表現する作家たちが出てきました。本作もそういった作品の一つです。

ADVERTISEMENT

 作者フリーダ・ディージングはハイダ民族出身のアーティスト。ハイダ民族に伝わる神話によると、ワタリガラスはあるとき海岸でハマグリを見つけ、そのハマグリの中に人間たちがいたので彼らを誘い出しました。そうして地に降り立った彼らこそが最初の人間というわけです。

 この物語は同じくハイダ民族出身アーティストであるビル・リードの代表作の一つ「ワタリガラスと最初の人類」(ブリティッシュ・コロンビア大学人類学博物館蔵)のモチーフでもあります。リードが、アメリカ大陸先住民の先祖がベーリング海峡を渡って来たという仮説は受け止めつつも、このような神話にも《少しは何らかの真実がそこにはあるだろう》と述べるように(木村武史『北米先住民族の宗教と神話の世界』(筑波大学出版会)より)、彼らの作品には神話の持つ力について考えさせるところがあります。

 本作は、ワタリガラスを大きく、右下に貝に入った人間を非常に小さく表しています。構図はカラスの首部分を支点とし、頭部・胴部・左翼がプロペラ状に広がり、頭頂部から胴にかけては右上から左下への対角線上に沿っているため、非常に力強い印象です。また、頭部が右下へと切り込むことで、その先にいる小さな人間に視線が誘われるという効果的な構成でもあります。ハイダに限らず北西海岸先住民の絵柄は、カマボコ状の「卵型」、「ひとみ型」、「U字型」とその変形の爪状といった基本的な図形から成り立っています。本作の大まかな形もそれを埋める模様も、全てこれらから成り立っているので確認してみてください。

INFORMATION

「カナダ北西海岸先住民のアート――スクリーン版画の世界」
国立民族学博物館にて12月12日まで
https://www.minpaku.ac.jp/ai1ec_event/42275