にぎやかな飾りつけの下、子供たちがベッドでぐっすりと眠っています。これは『クリスマスの前の晩』という絵本の挿絵のうちの一枚。本文には“THE children were nes-tled all snug in their beds, While visions of sugar-plums danced in their heads;”とあることから、ロープの上で飛び跳ねているのは、ベッドですやすやと眠る子供たちの夢の中で踊るお菓子たちだと分かります。
この絵本はクレメント・C・ムーア(1779―1863)という大学教授が、自分の子供たちに聞かせるために書いた物語詩が本文になっています。
クリスマスの前の晩、子供たちが靴下をぶら下げて寝たあと、父親は外の物音に気付きます。窓を開けるとトナカイのひくソリに乗って飛んでいるサンタが(厳密には本文では聖ニコラス)。そしてプレゼントを抱えて煙突を通り、ドスンと暖炉に降りてきたサンタに出くわす……、という内容です。最初にこの詩が発表されると大変な人気を博し、絵本にもなり、おおいに広まりました。また、この物語での描写が元で、サンタのイメージが八頭立てのトナカイのソリに乗り、煙突からやってくる存在として確立したことが知られています。
本挿絵は1912年版のもので、担当したのはジェシー・ウィルコックス・スミス(1863―1935)。彼女は19世紀末から20世紀初頭にかけてのアメリカのイラストレーション黄金期を支えた一人で、主に女性向け雑誌や絵本などで活躍。愛らしい子供や親子の情景を、柔らかいタッチで描くのが得意でした。
本作の特徴は、余白が大きくとられているところにあります。スミスは写実的な背景を描くことが多いのですが、この絵本ではあえてサンタがソリをひく見開きページのみに背景を描き、他のシーンでは省略しているのです。この演出により、サンタの登場が強調され、他の場面では想像の余地を見る人に残す、という効果が生まれています。
また、本作(子供たちが眠る場面)のロープが描くカーブにも注目です。このカーブは絵本全体を通して何度も繰り返されています。たとえば直前のページの暖炉のシーンでは、靴下をぶらさげるロープが同じ形状です。また、見せ場のサンタのソリの場面でも、トナカイを繋ぐ複数のロープが同じカーブを描いています。絵本はめくりながら楽しむものなので、同じ形が繰り返し現れるとお話に連続性が感じられます。しかも同じ形が少しずつ変化することで、物語に加わった変化が子供にも分かりやすく読み取れるというわけです。
スミス挿絵版は『クリスマスのまえのばん』(新世研)という題名で日本語版が出ています。各ページの本文冒頭の飾り文字や小さいカット画も素敵なので、ぜひ絵本も手にとってみてください。更に、他の画家による挿絵で同題名もしくは『クリスマスのまえのよる』という題名で何種類も絵本が出版されています。読み比べて個性の違いを味わうのも面白いでしょう。
INFORMATION
「アメリカ絵本の魅力」
軽井沢絵本の森美術館にて2024年1月8日まで
https://museen.org/event/4525