ロベール・ドアノー(1912-1994)はパリとパリ郊外の人々を撮り続けた写真家です。「パリ市庁舎前のキス」という有名な作品を通じてその名を知る人も多いでしょう。しかし、ドアノーの写真にはこのようにお洒落な街の雰囲気を演出するものだけでなく、市井の人々の慎ましい日常を、被写体へのシンパシー溢れるまなざしで捉えたものが沢山あります。
「パリ祭のラストワルツ、パリ」はそんな作品の1つで、1組のカップルが踊る姿を画面に小さく捉えています。本作は非常に印象的で、人生の機微のようなものを感じさせますが、それはなぜでしょう。
まず、人は明暗差の激しい一点に自然と目を向けてしまう習性があります。すると、暗い街の中で唯一の明るい箇所である男女に強く引き付けられるのです。また、直線主体の建造物の中で柔らかな曲線を描いていることで、形のコントラストも彼らを際立たせています。そのため、背景の暗い静のイメージに対し、彼らは小さくとも躍動感あふれる輝く存在となっているのです。
本作が撮影された1949年といえば第二次世界大戦の傷跡もまだ生々しかったとき。この作品に私たちは、そんな中で生き生きと過ごす若者たちに、凝縮された生命力そのものと未来への希望を見出すのではないでしょうか。そして祭の終わりを惜しむように今この瞬間を楽しむ2人に、普遍的な青春の輝きを感じ取るのでしょう。
このように、あえて被写体を遠くに写すことで、背景情報と合わせて物語性が増すことがあります。そして、ここに掲げたもう1枚の写真は、ドアノーの作品と構図が似ていると思いませんか。ドアノーより1つ下の世代の日本の写真家・本橋成一(1940-)の作品です。どちらも主役2人が小さく、顔貌が不明瞭で、対角線上に配されています。白い傘が作る明暗のコントラストが目立つところも同じ。違うのは、こちらが農村を背景に、動きが控えめな年配の男性たちだということ。
この村ではハンディキャップを持つ人とそうでない人がともに自給自足で暮らしていて、この2人は最古参のメンバーだそう。山深い村で縁あって支え合って暮らす仲間同士なのですが、1人しか傘をさしていないあたりに2人の距離感の妙が表れています。
どちらの写真家も炭鉱や市場で働く人々といったテーマを取り上げ、また見る人が共感できる何気ない日常の喜びを掬い上げようとするところも似ています。そのためか、このように類似の構図や、近い雰囲気を持つ作品が少なからずあるのが面白いところ。
ドアノーは、生きる喜びやそれを見る喜びを留めるために写真を撮ってきたと述べ、本橋は見る人ごとに解釈が違うから写真は面白いと言います。あなたは、これらの写真にどんなことを感じとったでしょうか。
INFORMATION
「本橋成一とロベール・ドアノー 交差する物語」
田川市美術館にて1月28日まで
https://tagawa-art.jp/exhibition/r05year/20231208-01.html