アメリカの航空宇宙計画に大転換をもたらしたイーロン・マスク。莫大なコストがかかり、NASAや国防総省のもと大会社の利権が守られているロケット業界へ、マスク率いるスペースXが新規参入できたのはなぜか。20万部突破のベストセラーとなった公式伝記『イーロン・マスク』(ウォルター・アイザックソン著 井口耕二訳)から、不可能を可能にしたマスクの秘策を公開する。
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火星に住むという最終目標を掲げ、自社スペースXでのロケット開発に乗り出すイーロン・マスク。ただし、ロケット開発には莫大な費用がかかる。それゆえマスクは、コストカットをすべく鋭い視線を走らせた。
ロケット業界の部品は、自動車業界の部品にくらべるととても高い。自動車産業と同じような部品が、ロケット業界では10倍もしてしまうのだ。
無駄遣いが嫌いなマスクは、サプライヤーから買うのではなく、スペースXで内製しようと決意する。みずからスカウトした才能あふれるエンジン開発部門のトップも知恵を絞ってくれた。
「気が狂いそうな切迫感を持って仕事をしろ」
ロケット業界の部品の値段が高くなるのは、軍やNASAが「仕様」や「要件」を山のように定めているせいでもある。マスクはしかし、「要件」だから仕方ないというエンジニアを、とことんやりこめた。
「軍」や「法務部」というレベルではなく、その「要件」を実際に作った担当者個人の名前まで確認するようにと言い渡した。その「要件」はどういう理屈で書かれたのかを考え、あくまで勧告として受け止めよ、としたのだ。
さらには、このような発破もかけた。
「気が狂いそうな切迫感を持って仕事をしろ」
あのスティーブ・ジョブズも同じようなことをしていた。仲間から「現実歪曲フィールド」と呼ばれていたやり方だ。非現実的な締切を設定し、無理だと文句を言われると、まばたきもせずにじっと見つめて「大丈夫だ。きみならできる」と言うのだ。