記者が現場の避難路を上がろうとすると、この男性から「ヒグマがいるかもしれねえから」と制止された。
なお、道立総合研究機構が遺体に付着したクマの毛などを採取してDNA鑑定を行った結果、このクマはオスだと判明している。
ヒグマの強烈な食物への執着心
その1年後の昨年7月には、白符からさらに約10キロ先にある北海道南端の松前町白神の山林内で、82歳の男性と78歳の女性の夫婦がヒグマに襲われた。畑でジャガイモやスイカの栽培を行い、シカなどの獣害対策で周囲には高さ1.2メートルの防風ネットを設置していたが、ヒグマがこれを踏み越えて侵入。まず逃げようとして転んだ妻が腕や顔をかじられ、気付いた夫が背後から金属製の棒で叩いたが通用せず、頭や腕を噛まれ、左目を失明するなど重傷を負った。なお、このクマの毛のDNAを調べたところ、前年に女性を死亡させたのとは別の個体だったことが判明している。
背景に見えてくるのは、ヒグマの強烈なまでの食物への“執着”だ。
福島町役場産業課の担当者が語る。
「クマが好きな食物の一つにコメがあります。このため町では農家を補助して田んぼの周辺に電気柵を設けています。獣の鼻先が触れるとビビッと電流を感じ、嫌がらせる効果があるのですが、それでもヒグマは田んぼの畦道を掘って下から侵入してしまう。掘られた場所まで電線を下しても学習能力があるので、また別の場所を掘って水稲を荒らします」
「昔は山の中に入ってもクマと出会うことはほとんどなかった」
今回の大千軒岳の現場についてはこう推測する。
「ヒグマはドングリ、コクワ、クルミ、クリなど時期によって違う木の実を食べますが、現場は山頂に近づくほど木の実も少なくなる。今はヒグマが冬眠に備えなるべく脂肪を貯めようとする時期です。登山道がエサ場と近くなってしまうなど、何か人を襲う条件があったのでは」(同前)
この担当者は、クマが出る恐れがあるところに行く際にはクマ鈴を携帯すること、そもそもそういう場所では単独行動をとらないことなどを対策として挙げた。
登山道入り口付近の住民女性が語る。
「昔は山の中に入ってもクマと出会うことはほとんどなかった。それが今では民家のすぐ脇のスモモの木を食い荒らしたり、食べ物の匂いがするからなのか、家屋の台所下の排水が流れるU字溝の中を漁ったりしています」