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「打つ手は思いつかない」養老孟司(86)が「自殺する若者が絶えない日本」の現状について思うこと

「打つ手は思いつかない」養老孟司(86)が「自殺する若者が絶えない日本」の現状について思うこと

『生きるとはどういうことか』より #2

2023/11/19
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「若者が死にたがる理由は複雑であろう。とりあえず打つ手は思いつかない」

 十代から三十代までの日本の若者の死因のトップが自殺…そんな現状を知った養老孟司さんは何を思ったのか? 日本を代表する知性・養老さんの過去20年間に執筆したエッセイを選りすぐった新刊『生きるとはどういうことか』(筑摩書房)より一部抜粋してお届けする。(全2回の2回目/前編を読む)

日本の知性・養老孟司さんが自殺する若者が絶えない現状について思うこととは? ©文藝春秋

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ベストセラー『バカの壁』はなぜ売れたか

 自分の人生がほぼ尽きてしまった状態で、なにを言い、なにをすればいいのか。私の恩師は旧制一高の同窓会に出た後、話題は病気と孫と勲章だけだ、と言っておられた。爺さんの話題はその辺に尽きるらしい。

 もう一つ。マンガ「ショージ君」の東海林さんが、年寄りの話はほぼ自慢話だと思う、と言われたのが気になっている。病気、孫、勲章に加えて自慢話を排除すると、年寄りにはなにか語ることがあるだろうか。

 令和3年の暮から4年の2月までに、自著6冊が出版された。多過ぎやしないかと思うが、出版社の都合でたまたまそうなったので、私が鋭意努力したわけではない。ひとりでにそうなってしまったのである。人生を振り返ってみると「ひとりでにそうなった」「いつの間にかそうなっていた」ことが多いように思う。断固自分の意志でやったことも当然あるが、ほぼ失敗している。自著が多く出たのも、『バカの壁』(新潮新書)の発行部数が昨年末に450万部を超えたということが契機になったのかもしれない。本が売れたのは、間違いなく私のせいじゃない。なにかの都合で売れてしまったから、仕方がないのである。

 どうして売れたか、ときどき訊かれる。はかばかしい返事ができるわけがない。それがわかっていれば、どこの出版社も困らないはずだからである。

 日常何をしているかというなら、捕まえた虫、もらった虫、買い求めた虫を標本にしている。

 これが楽しくてやめられない。なにが楽しいのか、疑問に思う人も多いだろうと思う。子どものころから好きでやっていたことだから、母親にも年中訊かれた。「虫ばかりいじって、何が面白いの」。これにも返答のしようがない。

 虫をいじっていれば、人に会うこともない。コロナ下であっても、いつもと変わりはない。ウクライナ問題で、世間は騒いでいるが、ウクライナの虫好きが採ったゾウムシが千頭あまり、いま私の手元にある。知人がネット上で売っているのに気が付いて、私のために買ってくれたのである。これを標本にするのが楽しくてしょうがない。いままで図版でしか見たことがない虫、あるいは想像したこともない虫の現物を手にしていると、ほとんど至福の境地である。

 現地ではごく普通種で良く知られた虫であっても、私が知らなかったら、発見である。発見とは本来そういうことだと思う。世間に知られていなかった種類、いわゆる新種を見つけることも多いが、それより自分が知らなかった虫を知ることが楽しいのである。発見とは常に自分に関することだというのは、当たり前であろう。自分が無知であるほど、発見の可能性は高い。