自転車がないホームレスであればなおさらだ。それなりに増えた荷物をすべて持って、上野まで歩いて移動する意味が一つもない。なんだか東京23区の西部と東部が、旧西ドイツと東ドイツのように分断されているような気になってくる。西部にいるホームレスにとって東部は未知の国である。
食休みをしてからベースに戻り、都庁下の炊き出しを受けると、たちまちすることがなくなった。「拾ったフリスビーがあるから島野君と3人でする?」と黒綿棒に提案されたが、働き盛りのホームレス3人がフリスビーをする光景など地獄でしかないので、2人で都庁の周りをぐるりと回ることにした。
ホームレスはなぜキャリーケースを放置するのか?
これはホームレス生活をする前から気になっていたことだが、都内の路上にはキャリーケースが電柱に鍵でくくられていることが往々にしてある。新宿中央公園沿いを走る公園通りには、ブルーシート等で被われた荷物が固まっているが、これはふれあい通りに住むホームレスの荷物だったりする。
ではポツンと置き去りになっているキャリーケースは一体何なのだろうか。これらは、ホームレスたちが暮らす村からは少し離れた場所にあることが多い。
「こういうキャリーケースよく見ますけど、一体何なんでしょうか」
「ホームレスというのは得てして入れ替わりが激しいからね。生活保護に移行したりシェルターに入ったり、路上から出て行った人がこうやって荷物を置いていくんだよ」
路上から生活保護を申請した場合、全員がすぐにアパート等に入れるわけではない。生活保護受給者など生活困窮者を対象とした施設である無料低額宿泊所にしばらく入り、そこからアパートを探すことになる。そして、この無料低額宿泊所には入居者を囲い込み、生活保護費を搾取するような業者も交じっている。いわゆる、貧困ビジネスというものだ。
ホームレスと生活保護というものは非常に密接な関係にある。施設の環境に我慢できずに逃げ出して再びホームレスになってしまう人もいれば、アパートを契約したりドヤに住み始めたりするも、ほかの住人もほとんどが生活保護受給者であるため金の貸し借りなどのトラブルが発生し、再びホームレスを選択する人もいる。
路上に置き去りにされたキャリーケースは、そういった人たちが路上に残していった残骸である。再び路上に戻る可能性を見越して、鍵をかけるなり、村から離れた場所に置き漁られないようにするといった対策を取っているのだ。