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なぜ多様性が台湾のコアな価値観になりつつあるのか?

――例えば本書の中でそうした台湾の複雑さを体現するのが、劉彩品、林景明、柳文卿といった台湾から日本へやってきた人たちの存在です。中国と台湾の間に横たわる歴史的なねじれがそれぞれの人生の選択にも立ち現れているように感じました。

家永 私はパンダや故宮博物院など「中国の宝物」への関心から台湾研究に入っているので、中華民国性や中国性というものが台湾でいかに複雑な問題をもたらしてきたかというのは元々書きたいことではあったのですが、加えて今回の本で書こうと試みたことの一つに、今の台湾のコアな価値観になりつつある多様性を尊重する姿勢があります。

蔡英文

 いま台湾有事のリスクが様々に取り沙汰されますけれども、台湾に住む普通の人たちからすると、軍事力を行使されたら困るという思いはもちろん強くある一方で、それとともに、国民党による抑圧的な政治を何とか変革して勝ち取った今の自由で民主的な政治体制を何としても守らなければいけないという意識が非常に高いと思うんです。ちょうど来年の一月が台湾総統選ですが、誰を自分たちの代表に選ぶかというときに、自由と民主主義の価値観をきちんと守れそうにないと見なされた候補者は、おそらく高い支持を得られないでしょう。それは間違いなく、今の台湾のアイデンティティのコアになっています。

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オードリー・タン

台湾はアイデンティティを構築するプロセスの中にある

 一方、台湾内部にはそれこそいろんな人たちがいて民族構成も多様ですし、中国との関係性についても様々な立場で考える人がいます。台湾のアイデンティティの最大公約数的な部分は、自由と民主主義という政治的な価値観だけでなく、多様性の尊重という要素も重要になっているように思われます。

 台湾ではいま秩序だった安定した政治が行われていますが、国際社会での地位は極めて不安定で、これは台湾に住む人たちにとって大きなリスクです。中国が台湾を中国の一部だと主張していて、かつ日本もアメリカもその中国にも配慮している状況のなかで、台湾は国際社会において国家として振る舞うことを周囲から認めてもらえない。そんななかで、不安定な地位にある人たちが尊重されるべきであるという主張自体が、ある意味では“台湾のアイデンティティ”の重要な構成要素になっているように見えます。

 おそらくだからこそ、「台湾を認めよ」と主張するのであれば、台湾内部でも少数者や少数者の価値観を尊重しなければならないというロジックになるのでしょう。これは私が思いついたことではなく、吳豪人さんという台湾の法学者が日本語で書かれた文章の影響を受けて、私なりにも得心したことです。いまの台湾は、まさにこの台湾のアイデンティティというものを構築しようとするプロセスの中にあるのではないか、そのように思えてなりません。