かつて中国大陸を支配していた中華民国は、1949年に国共内戦に敗れて台湾に逃げ込んだ。彼らは1990年代末に民主化・台湾化して国家を変質させたが、いっぽうで国防や情報などのハード面では過去の記憶と経験が色濃く残っている。中原から見て辺境の地に拠り、「中国の正統」を受け継いだ亡命政権として、中華圏の世界では三国志の「蜀」(漢の滅亡後に劉備が四川盆地で建てた王朝)にたとえられることも多い。
そんな中華民国――。すなわち台湾の国防の世界には、やはり「蜀」らしく孔明(諸葛亮)や龐統や徐庶っぽい雰囲気をまとう軍師たちがいる。彼らは日々、自国をおびやかす強大な「魏」(中華人民共和国)の情勢を分析したり、相対的に弱い自分たちの国を守る策を練ったりしている。(全2回の1回目/続きを読む)
策を練る「蜀」の軍師たち
そんな現代の軍師の一人が林穎佑(Ying Yu, Lin)だ。人民解放軍研究を専門とする軍事学者で、台湾の国防白書の顧問委員にもしばしば選ばれるいっぽう、現在は民間の淡江大学国際事務與戦略研究所に助教として所属する。つまり、中台の軍事問題について、専門的な知見を持ちつつも自由な立場で発言できる人物である。
筆者は2023年1月中旬、月刊『文藝春秋』の記者の立場で台湾国防部の招待を受け、例年恒例の軍事演習「春節加強戦備」のプレス向けツアーに参加した(『文藝春秋』3月号「台湾最前線ルポ「中国の意外な弱み」」参照)。ツアー後、さらに何人もの研究者や軍事ウォッチャーに話を聞きに行ったのだが、なかでも興味深かったのが林穎佑だった。
彼の談話は本誌にも掲載したものの、紙幅の都合から書けなかったことも多い。ここでもっと詳しく紹介したい。台湾の「孔明」の一人は、中国の侵攻が具体的にどのようにおこなわれると予測し、また近い将来のリスクをどのように見積もっているのだろうか?