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 悪く言えば「正直者は馬鹿を見る」ということになるが、これは私がホームレス生活を送るうえで身についた考え方だ。生活保護も炊き出しもこの考えのもと回っていると思っている。3000円という小さな額が私をそうさせていることでもあるが。

 実際のところシバは一向に大船に行く素振りも見せず、その後も当たり前のように駅前通路にダンボールを敷いて寝ていた。「大船に行かないのか」と問うと、「3000円は落としてしまった」と真顔で答えた。

「このままじゃ俺がアリでお前はキリギリスになっちまうぞ」

「自立支援センターはどうしたんですか?」

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「飯場に入れるガードマンの仕事を見つけたんだよ。明日からそこに入るつもりだからよ」

 当然、雇い主には生活保護を受給していることは伝えていない。「バレたらバレたでそのときだ」と寅さんは言う。

「現金でもらえればバレやしねえよ。銀行振込だったらヤバいけどな。稼いだぶんは返せって国に言われるだろうけど、そんなもの無視しちまえばいい。今日もお前さんを探しに来たんだ。一緒に飯場に入ってガードマンの仕事をするんだよ」

 一人では心細いのかもしれないが、きっと親が子を見るような気持ちなのだろう。

「僕はいいですよ」

 すると寅さんは今までにないほど真面目な表情で語気を強めて私に言うのだった。

「お前さんいいか、よく聞け。俺だって若いときはずっと働いてたんだぞ。自衛隊に4年入って、そのあと原発のガードマンをして、東京に来てからもずっと働いてんだぞ。俺は頭が悪いからろくな仕事に就けないけどよ、それでも20年以上働いてんだぞ。いい加減、目を覚ますんだよ」

 飯場の肉体労働は辛い仕事だ。しかし、「こんな仕事、俺がやることではない」と働きもしない若者がいたとすれば、それは自惚れ以外の何物でもない。

「お前さん、社会に出て何年目なんだい?」

「4年目です」

 私は大学時代、海外放浪にハマってしまい、卒業に7年もかかってしまった。

「10年は働かないと年金がもらえなくなるからな。俺は自衛隊にいたから厚生年金もある。あと4年辛抱すれば月に11万円入るんだからな。このままじゃ俺がアリでお前はキリギリスになっちまうぞ」

 寅さんによれば「働くなら路上にいたほうがマシだ」という理由で、年金がもらえる60歳までホームレスをしながら時間を潰している人などいっぱいいるという。

「ところでよ、上野に来る前はどこで寝ていたんだい」

「新宿です、都庁下」

「そっちは行ったことねえからな。どうだい都庁の下は?」

「東京の路上で寝るなら都庁下一択ですよ。24時間布団を敷いていても何も言われないし、炊き出しもいっぱいあるし、区役所に行けば週に3回シャワーも浴びられるんですよ」

「本当かよ、俺も都庁の下に行きたいだよ」

 次の日、今度こそ寅さんは駅前通路からいなくなった。その後、上野でも都庁下でも寅さんの姿を見ることは一度もなかった。

 生活保護を受けることは国民の権利であり、後ろめたさを感じる必要などない。しかし数日間とはいえ人間関係を結んだ身からすると、寅さんには青梅のアパートではなくどこかの現場でガードマンをしていてほしいと思う。