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全国各地のライブ会場に出没、家の前まで付いてくる、彼女かのような手紙を郵便受けに…上田晋也が体感した“熱狂的お笑いファン”のリアル

『赤面 一生懸命だからこそ恥ずかしかった20代のこと』より #2

2023/12/03
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 数分後、我々も搭乗口から飛行機に乗り込んだ。通路を後方に向かっていると、右手のほうにT美ちゃんが座っているのが目の端に見えた。目の端だが、T美ちゃんが私の方をガン見しているのはわかる。今日もまた「逃走用のヘリを用意しろ!」の気分になるのかと、いささかの鬱屈を抱えながら歩いていたため、わざとT美ちゃんの存在に気づいていないフリをして、そのまま通り過ぎようとすると、T美ちゃんはたった今私の存在に気づいた風を装い、こう言った。

「アラ、上田さんも熊本? 偶然!」

 私は思わず吹き出し、こう返した。

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「ウソつけーーー、偶然なわけあるかーーー! 君、熊本にライブ以外何の用事があるんだよー!」

 T美ちゃんのあまりのすっとぼけように、ほかの乗客の存在も忘れ、高校球児の選手宣誓の時くらいの声量で突っ込んでしまった。

 その夜の熊本でのライブ、「はい、どうもーこんにちはー、海砂利水魚でーす!」と勢いよく舞台に飛び出ると、案の定T美ちゃんは最前列に陣取っており、「晋也LOVE」と書いてあるウチワを持ってキラキラした笑顔で私のほうを見ていた。

 数分後「おい、逃走用のステルス戦闘機を用意しろ!」という気分になったことはお察しの通りである。

誕生日、帰宅すると玄関に“晋也誕生日おめでとう”という張り紙が!

 こんなこともあった。26、27歳の私の誕生日のこと。

 仕事を終え、あと数メートルで家に着こうとしたその時、玄関にいつもとは何か違う、2月30日という日めくりを見たような違和感を感じた。

写真はイメージ ©AFLO

 目を凝らしつつ玄関に近寄ると、なんとそこには、幼稚園のクリスマス会などでよく見かける、折り紙で作った輪っかを連ねた飾り付けがしてあるではないか! そして玄関のど真ん中には“晋也誕生日おめでとう”と、初めて全国制覇した仙台育英か、というくらいのデカさで紙が貼られていた。さらにドアノブにはビニール袋がぶら下げてあり、中にはプレゼントの洋服と手紙が入っていた。どうやらT美ちゃんなりの最大限のサプライズをしてくれたらしい。

 祝ってくれるのはもちろんありがたいのだが、飾り付けや貼り紙はぶっちゃけ迷惑であり、ディズニーランドの清掃キャストばりの手際のよさでとっとと片付けた。

 次の日。前日の飾り付け類は、かなり長時間にわたって玄関に施されていたようで、近所の人と顔を合わせるたびに「アラ、昨日お誕生日だったみたいで? おめでとうございます」と口々に言われ、幸か不幸か今までの人生で一番多くの人に祝ってもらった誕生日となった。

 後日、ライブに来ていたT美ちゃんに会った時に「勝手に家訪ねてきて、飾り付けとかやめてくれよ」と言っても、「えー、別にいいじゃん! 何もイタズラとかしてるわけじゃないし!」と、これは本当にタレントとファンの距離感なのか、というような近しい距離感で、私の意見を受け入れる気配もない。