短歌少女がプロレスラーになったワケ
穂村 実は、冬野きりんさんの短歌には、ハイパーミサヲとして活躍する運命を予言したような作品があります。
忘れるな明日はみんな黒い服決めたんだもう蝶か蛾になる
冬野きりん
穂村 「蝶か蛾になる」ってことはサナギの状態だと思います。サナギが死んだら、蝶か蛾が生まれるということ。サナギのお葬式みたいなものをイメージできます。サナギが生まれ変わるから、みんなが黒い服を着ている。「サナギのお弔いをするんだ」みたいな歌だと思いました。
「蝶」と「蛾」は、プロレスで言うところの、善玉のベビーフェイスと悪玉のヒールの関係です。これはプロレス特有の演劇性なんですが、善玉と悪玉はかつて固定されていました。けれども、あるときから善玉と悪玉が入れ替わるようになり、もっとドラマチックになった。演劇性が高度化したんです。
で、今はくすぶっている冬野きりんさんが、ハイパーミサヲさんとしてリングに上がることで「蝶か蛾」になったんだと思いました。
今は蝶ですか? 蛾ですか?
ミサヲ 蛾に近い蝶じゃないですか(笑)。
穂村 一番かっこいいヤツだ。
ミサヲ 蝶と信じている蛾かもしれないし……わからない……蛾のエッセンスはかなり強いかなあ。
穂村 まあ、10代の時は、みんながサナギなわけで。何になるかわからないんだよね。何者かになりたいが、なってみるまでわからない。
それにしても、まさかプロレスラーになるとは……なぜ冬野きりんは「蝶に近い蛾」になったのか?
ミサヲ 2014年、プロレスとの出会いがありまして。
それがですね……私は大学で躓いたタイプで、6年も通ったんです。2014年がようやく卒業できる年でした。でも、学生時代に何もやっていない。いわゆる「ガクチカ」、つまり、就活でよく聞かれる「学生時代に力を入れたこと」が皆無でした。だから、エントリーシートに何も書けない。就活のスタートラインにすら立てずに終わりました。
穂村 就活しなかった?
ミサヲ しなかった(、、、、、)んです。いわゆる無内定卒業をしました。そのまま、なんにもしていないけれども、仕送りは続けてもらっている状態でした。
穂村 東京に留まった?
ミサヲ ふふ(笑)。そして、2014年の春……あれは5月ぐらいでしたかね。仕送りをしれっと続けていただいているのに、ほぼ引きこもりで。
そうこうしていると、ある日、母が私に言いました。「ハンドメイド・クラフトのお祭りに、一人で行くのは嫌だからついてきてほしい」と。引きこもっている娘を連れ出そうとしたんでしょうね。
お祭りに行ってみると、ド文系のイベントなのに路上でプロレスをやっているんです。それが「DDTプロレスリング」という男子プロレス団体でした。
ハンドメイド・クラフトのお祭りでプロレスですよ(笑)。ガラス工房なんかが出店している間を、お店の商品を使いながら、プロレスラーたちがぼこぼこに殴り合うんです。こんなのは普通の大人はやりません。
私は凝り固まった人生を送ってきたので「大人はこういうふうに振る舞わなくちゃいけない」と思い込んでいました。でも、目の前にはワケのわからないことを大人たちがやっている(笑)。
穂村 「やりたい」と思ったの?
ミサヲ そうです。
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この記事の《1万8千字フルテキスト版》は「文藝春秋 電子版」に掲載されています。
《1万8千字フルテキスト版》穂村弘×ハイパーミサヲ 対談 伝説の短歌少女「冬野きりん」が歌人・穂村弘に劇的再会
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