表沙汰になりにくいが、男児の性被害は決して少なくない。石丸素介さん(39)も被害者の一人だ。現在でも後遺症に悩まされているという石丸さんが、同様の被害を受けている人たち、そして自分自身のために、「実名・顔出し告発」を決めた。性暴力の実情を長年取材するジャーナリストの秋山千佳氏が徹底取材した。
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飲む薬は8種類30錠
その家には日が差さない。
木造アパートの1Kは、南に向いた唯一の窓を隣の建物が塞いでいる。薄暗い室内にベッドを置いて残ったわずかな床は、衣類や弁当の空容器が乱雑に覆っている。
石丸素介が一人で暮らす家だ。現在無職の39歳は早朝に目を覚ますと、6畳の部屋でテレビやスマホを見て過ごす。寝るまでに飲む薬は8種類30錠ほど。今は週1回の通院日以外、部屋の外に出ることはほとんどない。したくてもできない、と言った方が正しい。
「PTSDと診断されています。うつ病も併発して、治療が難航するうちに気分の波ができるようになって今は双極性障害になりました」
石丸には、21歳になった2004年の夏に、今の主治医の初診で打ち明けるまで誰にも言えずに抱えてきた“過去”があった。当時のカルテにも記録されている。
それは、小学校時代の男性担任教師による継続的なわいせつ行為だった。
2016年、その元担任が男児へのわいせつ事案で逮捕された。
報道を目にした石丸は、刑事では時効の20年前の自身の性被害について、民事で裁判所へ訴える決意をした。しかし、元担任は石丸へのわいせつ行為を全面的に否認。調停は不成立に終わり、一審は証拠不十分で石丸が敗訴した。
しかし現在進行中の二審では、証人が見つかったことなどから、元担任のこれまでの証言の信憑性が揺らいできている。
石丸は裁判の過程で、こうして戦える自分はまだ恵まれているのではないかと考えた。
「日本では、男性の性被害は日の目を見てこなかった。数の割にはカミングアウトできていない人が多いと思います。そういう人たちのために僕の経験を伝えたいし、僕自身も語ることをきっかけに、かつての自分を取り戻したい」
石丸は実名・顔出しで性被害の実情を告発することにした。それが主に記事の前編にあたる。元担任が否定している内容も含まれるが、それについては記事の後編で裁判の経過を追いながら検証していきたい。
ズボンの隙間から手を
当時の素ちゃんの印象は、利発でハキハキした活発な子、勉強もよくできそうな様子で、運動神経も抜群でした。顔立ちも端正で、きっと、将来は進学校に進学し、その後は立派な社会人になるんだろうなと思っていました(石丸の小学校同級生の保護者による事実聴取報告書より)
杉並区立小学校に通っていた石丸は、入学時からサッカーを続け、同級生と仲良く過ごす少年だった。学校生活が暗転しはじめたのは、3年生の時、他校から教員の奥田達也(仮名)が転任してきてからだ。
当時41歳の奥田に対して、石丸の第一印象は「変わった先生」だった。学校で石丸の所属していたサッカー部の指導に加わったが、過去の勤務校での実績を吹聴するわりに、小学生の目にも競技の知識がないように映った。奥田は指導をめぐる人間関係で揉めて1年ほどの間に部を離れることになるが、その間に石丸にとって一つの事件があった。
石丸が休み時間に同級生と廊下ではしゃいでいた時のことだった。奥田がやってきて、なぜか石丸にだけ騒いだ罰として、相撲の決まり手である「鯖折り」をしたのだ。上からのしかかるように相手の腰を砕く技だ。その危険性から、小中学生の相撲大会では反則技となることが珍しくない。
9歳の石丸は技をかけられて呼吸ができず、後には強烈な苦しさと痛みの記憶が残った。
「圧倒的な力の差で、大人の力にはかなわないんだぞと見せつけられたように感じました。最初に暴力によって逆らえないようにされてしまったんです」