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競輪用語が創作ノートにもバンバン出てくる

春日 おそろしいですよ。これが僕自身の手で歴史的な新事実を発見して橋本さんの話をひっくり返すだけならまだしも、過去に本人が言ってたことを当の本人がひっくり返しちゃいますから。

玉袋 全部ひっくり返しちゃう。過去に橋本忍が書いた『複眼の映像』(文春文庫)って本のことも春日先生書いているけども。

春日 黒澤明との脚本作りを詳細に書いた一冊ですが、ここに書いた話がどんどん怪しくなっていくんですよね。『鬼の筆』を読む前は、名著として知られる『複眼の映像』と比べてこの本はどうかという方もいるとは思うんですけど……なんというか、そういう話じゃないんですよっていうのがあります。「複眼」がひっくり返ってしまうんで。

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玉袋 副読本として『複眼の映像』も読むと面白いかもしれねえな。

春日 『鬼の筆』を読んでもらえるとわかるんですけど、『羅生門』をはじめとする黒澤との脚本作りの話自体が、本当に『羅生門』みたいな話なんですよね。関わる人が、みんな異なることを言っている。なので、こちらも「一つの真実」を提示するのではなく、ある材料をできるだけ出して、それをどう解釈するかは読者に委ねるという形をとったんです。

玉袋 なるほど。まさに『羅生門』システムだな。

春日 それは黒澤に限った話ではないんですよね。『日本のいちばん長い日』を書くキッカケとして橋本さんご本人からうかがったエピソードがあるのですが、そのエピソードは別の方のインタビューでは別の作品のキッカケとして語られていたりします。僕はご遺族や関係者に確認して「春日さんのインタビューでの発言が間違いない」と裏を取れているからいいんですけど。

『鬼の筆』には驚愕の真実が続々と ©文藝春秋

玉袋 さらに橋本先生は競輪狂ときてるからね。「俺はこいつを差せねえと思った」とか、競輪用語が創作ノートにもバンバン出てくるだろ。

春日 そうそう。最後は『砂の器』で「まくろうと思った」なんて競輪でたとえちゃってますしね。

玉袋 俺も競輪好きだから『砂の器』の競輪感はよくわかるのよ。『砂の器』って、どこでジャン(打鐘=残り1周半を示す鐘)が鳴ったんだろう。

春日 丹波哲郎が捜査会議で和賀英良(加藤剛)に逮捕状を請求し、和賀のコンサートが始まるところですね。

玉袋 あの「宿命」がジャンだったわけだ。丹波哲郎と森田健作を先行させて風よけに使いながら、本浦千代吉(加藤嘉)と秀夫が2人で逃げていく。で、最後に千代吉が車椅子に乗ってバンク上から「しらねー! 俺はしらねー」って言いながら降りてくる。あれさ、山おろしっていうんだ、競輪の世界では。

春日 ぜひ、競輪の大きめのレースを見ていただいたあとに、もう一度『砂の器』を見てほしいですね。仕掛けどころとか、よくわかると思いますよ。

玉袋 ほかの作品でも競輪にたとえた資料とかが見つかってるんだろう?

春日 没後に見つかった資料の中には、「まくる」とか「仕掛ける」なんて言葉がたくさんありましたね。『八甲田山』でもバンクにたとえたものが見つかっていますし、それも本に掲載しました。