長老はおもむろにアラビア語で近藤氏に尋ねた。若い男が英語に通訳した。「我々には平和に暮らす権利がないのか」。近藤氏が英語で「当然の権利だ。誰にでもある」と答えると、長老は矢継ぎ早に2つめの質問を投げかけた。「そのため、我々には国家を持つ権利がある」。歴史に翻弄された彼らの歴史が近藤氏の脳裏に浮かんだ。「当然の権利だと思う」と答えた。
「我々には戦う権利がある」
最後の質問が来た。「そのためには、我々には戦う権利がある。どう思うか」。近藤氏は返答に窮した。急にしどろもどろになって「我々は国連の要員だから中立の義務がある」などと答えると、男たちの表情がにわかに険しくなった。次の瞬間、長老が険しい視線を飛ばし、「スピーク・フランクリー(率直に話せ)」と英語で声を上げた。長老の背後にかけられたサーベルが鈍い光を飛ばしていた。
近藤氏が腕時計に目を落とすと、まだ10分しか経過していなかった。頭のなかが真っ白になった。近藤氏が腰を浮かして逃げる準備をしていると、長老は懐に手を入れた。「撃たれる」と思い、ひるんだが、長老が取り出したのは1枚の写真だった。「これを見ろ」。小さな女の子が写っていた。「先週、米軍に殺された私の姪だ。お前たちは米国やイスラエルの戦いは正義の戦いというが、なぜ、パレスチナの戦いをテロと呼ぶのか。米国も同じことをやっているだろう」
近藤氏は「どちらも認められない。パレスチナも米国も、無差別に民間人を殺すことは認められない」と必死で主張した。そこから先は何を話したのか詳しく覚えていない。率直に議論を続けた。
長老の質問の真意
長老は、なぜ、近藤氏を連れ込んだのか、理由を教えてくれた。「日本という長い歴史と伝統を持った国と人々を我々は尊敬している。近世500年の白人による世界侵略の歴史の中で、彼らと対等に戦った有色人種は日本人だけだ。勤勉でウソをつかない。尊敬していた日本人が、米国の戦争を支持した理由を聞きたかった」。
近藤氏は必死に「日本の周囲には核を持っている国がいて、米国の核の傘がないと日本の防衛は成り立たない。そのため政治的な配慮から米国の政策を支持せざるを得ない面もある」などと「言い訳がましく」説明した記憶がおぼろげながらある。