長老たちは「尊敬する日本人」の真意を聞けたことで満足したのか、その後は和やかな雰囲気で懇談が続いた。救出部隊が突入してくる1時間が経つ前に、近藤氏らはその場を名残惜しく離れた。
「神に召された」若者たち
それが縁で、近藤氏は1カ月に1、2度、カナシシを訪れるようになった。訪問するたび、徐々に言葉を交わした若い男たちの見知った顔が少なくなっていくことに気づいた。近藤氏が「彼はどこに行ったんだ」と聞くと、「聖なる戦いに赴いた」「神に召された」という答えが返ってきた。
当時、週末ごとにダマスカスからイラクの首都バグダッドに向かう夜行バスがあった。UNDOFは「テロリストバス」と呼んでいた。2003年3月に始まったイラク戦争によって、イラクでは米軍に対する自爆テロが相次いでいた。若者たちは自爆用の爆弾ベルトを身体に巻き付け、そのバスに乗って、バグダッドに向かった。
「男がみな倒れたら、女が代わりにやるしかない」
近藤氏はある日、カナシシのなかで、人が動く気配がした。何気なく視線を飛ばすと、中年の女性がいた。上着の下に自爆用ベルトを身につけた様子が目に入った。女性は無表情だった。この話をパレスチナの男にすると、「男がみな倒れたら、女が代わりにやるしかない」という答えが返ってきた。2003年9月、近藤氏は任務を終えて帰国した。カナシシの若い男性十数人とメールアドレスを交換したが、ほどなく、全員と連絡が取れなくなった。
陸上自衛隊を2022年8月に退官する直前、「最も戦闘に熟達した部隊」と呼ばれる陸自部隊訓練評価隊(FTC)の隊長を務めた近藤氏の目には、イスラエル軍が苦戦しているように映る。「世界有数の軍備を誇るイスラエル軍なら本来、数日で終わらせることができる戦闘だろう。地下陣地や人質、外部からの支援など様々な要因があると思う。そして、ハマスの絶対に降伏しないという強い意志を感じる」
近藤氏はパレスチナ情勢を伝えるニュースを聞きながら、いつも複雑な気持ちになる。「ハマスを倒しても、イスラエル軍に対するパレスチナの人々の憎しみや恨みまで根絶やしにはできない。自分が信じる神以外のものを信じる人々は皆殺しにしても構わない。イスラエルもシリアもパレスチナも、そう考えている。十字軍も、異教徒の虐殺・侵略に他ならない。みなで仲良くという日本人の考えは通用しない」