「見えない、なんにも見えない!」
「慎太郎!」
「見えないって、なんだ」
「見えない、なんにも見えない!」
強く呻きました。
「大丈夫、大丈夫だから!」
「見えないよ!」
夫が看護師を呼び、続いてすぐに先生が入ってきました。先生は穏やかに、
「一時的な後遺症です。安心して」
と、慎太郎を落ち着かせようとしましたが、息子は暴れ出さんばかりに言いました。
「どうすればいいんですか。見えなかったら野球できません、野球できなかったら、僕はどうすればいいんですか!」
「いずれ見えるようになりますから……!」
先生の言葉を聞きながらも、慎太郎の体は震えていました。
恐怖よりも、やり場のない怒りに満ちていたようでした。
これから歩む道は、先の見えない真っ暗なトンネル
手術前の誓約書には、術後の後遺症について書かれた項目があり、説明を受けていました。でも、まさかここまでの事態になるとは、彼自身も想像していなかったことでしょう。この時、彼はほとんど何も見えず、声のするほうを見ても誰だか分からない、すぐ傍に何があるかも分からない真っ暗闇に突き落とされてしまったのです。
「大丈夫、大丈夫」
呪文のように繰り返しながら、私は自らの恐怖心を抑えつけるように、ただひたすらに慎太郎の手を握っていました。
日が落ちても、慎太郎はショックのあまり、ただじっと天井を睨み、動けない体を震わせておりました。
涙すら、流れませんでした。
私はどんな姿になろうと息子は息子である、変わりはないと思っていましたが、突然視界を奪われた息子にとっては、それすら悠長な言い分だったことでしょう。
なぜ自分がこんな理不尽な仕打ちを受けねばならないのか。
物言わぬ横顔が、怒りに染まっていました。
たしかに命は助けてもらった。
しかしこれから歩む道は、先の見えない、真っ暗なトンネルになってしまった。
この傷ついた横顔を、あの京セラドーム開幕戦の日に想像できただろうか。満員の観衆の中、輝かしい未来に向かってこの子がバットを振ったのは、つい去年のことじゃないか。