2023年7月18日、28歳の若さでこの世を去った元阪神タイガースの横田慎太郎選手。2017年に脳腫瘍が判明し、再発・転移と入院を繰り返していた横田選手の闘病生活を支えたのは、母・横田まなみさんをはじめとする家族だった。

 ここでは、母・まなみさんの視点で横田選手の生き様を描いたノンフィクション『栄光のバックホーム 横田慎太郎、永遠の背番号24』(幻冬舎、著=中井由梨子)より一部を抜粋して紹介する。(全2回の2回目/1回目から続く)

元阪神・横田慎太郎選手 ©文藝春秋

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手術が終わり、慎太郎の意識が戻る

 その日の昼間、ぼんやりと慎太郎の意識が戻ってきました。

 私はずっとベッドサイドに腰掛けて、様子を見ておりました。手術が終わってもろくに食事は喉を通らず、かろうじて水分だけはとりながら、夫とかわるがわる息子を見守っていたのですが、彼がわずかに首を振り、目を開けようとしているので慌てて「慎太郎!」と呼びかけました。

「うん……」

「よく頑張ったね」

「うん……」

 息子は目を開かないまま、ぼんやりとした声で答えます。

「痛かった?」

「ううん」

「眠ってた?」

「うん……、海の中にいた……」

「海?」

「うん、海の中で、魚と泳いだ。……気持ちよかった」

 慎太郎はそう言って、また眠りに落ちていきました。

もう一度目を覚ますと、目の奥に力がない

 それからしばらく経ち、もう一度慎太郎が目を覚ましました。今度は大きな息をフーっと吐き出し、はっきりと目を開けました。

「慎太郎」

 息子は何度か瞬きをしました。天井をじっと見上げています。

「起きたか」

 隣にいた夫もその顔を覗き込みました。慎太郎は、いっそう目を見開いて天井を見つめました。私の声も、夫の声も、聞こえていないかのように目の奥に力がありません。何かが変だ、私は思いました。

「見えない」

 次の瞬間、慎太郎が呻(うめ)くように言いました。

「え?」

「見えない……見えない……」

 何度も瞬きをしながらしきりに天井を見つめています。