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「見えない、なんにも見えない!」脳腫瘍の手術後、視力を失い…元阪神・横田慎太郎の母が明かす、親子を襲った“想像以上の絶望”

『栄光のバックホーム 横田慎太郎、永遠の背番号24』より #2

2024/01/05
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大阪の夜景を見ながら涙があふれ出した

「どうして……」

 何度も言うまいと思ってきた言葉が口をついて出てしまいました。

「どうしてこんなことに……」

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 喉の奥に、つっかえていた何かが迫(せ)り上がるような感覚に襲われ、私は慌てて立ち上がりました。そっと病室から出てトイレに行こうと思ったのですが、なぜか廊下の先のエレベーターに飛び乗りました。

 病院の最上階には、展望台があります。話には聞いていましたが、一度も上ってみたことはありませんでした。思いつくままに展望台のフロアに降りた私の目に飛び込んできたのは、眼前に広がる美しい大阪の夜景でした。

 窓ガラスに近づくと、遠くに観覧車と太陽の塔が見えます。そしてちょうど満開の造幣局の桜。ライトアップされて白々とした姿を浮かび上がらせています。あの有名な桜並木の下で、今頃大勢の人々がお花見をしていることでしょう。

「綺麗……」

 そう言った瞬間、こらえていたものが溢れ出しました。喉の奥から塊のようなやりきれなさがぐっと迫り上がって噴き出しました。涙があとからあとから流れ落ちました。泣いちゃいけない、泣いちゃいけない、と心で言い聞かせながら、それでも止めることができません。

©文藝春秋

この間までいた世界と、いまの世界があまりにも違いすぎる

 世の中は私たち家族の苦しみを置き去りに、何事もなかったかのように流れていきます。

 健康であることを当たり前のようにして、ただ夢を追いかけて笑ったり怒ったりしながら過ごしてきた毎日から、こんな風に一気に変わってしまうことがあるのか。ついこの間までいた世界と、いま自分がいる世界があまりにも違いすぎて、その絶望にこの先、耐えられるか分からない……。

 いったいどうしたらいいのだろう。

 白く光る桜並木を見つめながら、ただ涙が流れるに任せていました。泣くだけ泣いてしまうと、少しだけ落ち着いてきて、周囲にもちらほらと人影があることが目に入ってきました。

 車椅子に座った入院患者らしき人、その家族の姿も見えます。彼らも言葉少なに、大阪の夜景を眺めています。あの人たちも今の私のように、世の中から取り残されたように感じているのだろうか。眼下に広がる“普通の生活”を、遠く、愛おしく感じているのだろうか。

 たしかに、病気になることは苦しい。けれどもっと苦しいのは、これまで当たり前にできたことができなくなることなんじゃないだろうか。好きなことを取り上げられ、生きる意味を見失うことなんじゃないだろうか。