子供を持つことに未練はある。でも、僕よりもカミさんのほうが、ずっと苦しいはずなんだ。
まだ、この世に存在していない見たこともない子供よりも、喜びや悲しみをともに分かち合ってきた彼女のほうが、やっぱり僕には大切だった。
「啓介さん、ごめんなさい、ごめんなさい……」
毎日のように泣いて詫びるカミさんに、僕はこう言った。
「ペコ、君が謝ることなんて何もないよ。子供がいなくても、二人で楽しく生きていければ、それでいいじゃないか」
真っ赤な目で僕を見つめた彼女は、再びうつむいて、長いこと肩を震わせていた。
「お母さん、がんばれ!」
絵梨加の死から30年ほど経った頃、将来的に僕たち夫婦が入るためのお墓を、東京の恵比寿のお寺に作った。そこに真っ先に入ったのは、ずっと前に短い命を終えてお寺にお骨を預かってもらっていた絵梨加だった。
以来、絵梨加の命日には毎年欠かさず、二人揃って墓参りを続けてきた。
毎年、カミさんが墓の前にひざまずき、涙ながらに絵梨加に手を合わせる姿を、僕はただ見守ることしかできなかった。子供を失った母の悲しみは、時が経っても、決して癒えるものではないのだ。
それほどまでに毎年の墓参りを大切にしていたカミさんだが、認知症になってからは、墓地に足を運ぶことさえ難しくなってしまった。
でも、もし絵梨加が元気に育っていたら、カミさんは仕事を辞めて、きっと家庭に入っていただろう。つまり「大山のぶ代のドラえもん」は誕生しなかったことになる。
そう考えると、カミさんがドラえもんになれたのは、運命の導きだったのかもしれない。
絵梨加はずっと、空の上からカミさんのドラえもんの声を聞いて、「お母さん、がんばれ!」と応援していてくれたんだろうな――。そんな気がしてならない。
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