1ページ目から読む
3/3ページ目

「全編、手描きでやる」

 当時の僕は50歳を目前にして、後々になっても、自分で見返すことができる代表作を残したいという思いを強く持っていました。アニメーターとして無理がきかなくなる年齢に差し掛かり、ここらで気合の入った作品をやりたかったんです。

使用するのは鉛筆、シャープペンシル、定規、消しゴムなど。デスクにあるのは手描きのための道具だけ。「最近はハズキルーペも欠かせません」(本田氏) ©文藝春秋

 アニメーション制作は時間の制約があることが多く、なんとか納期に間に合わせるってことが最優先になってしまう。だから作品を見返すと、「時間があれば、もっと違うふうに描けたのにな」と思ってしまうことがあります。真に納得できる作品ってなかなかないんです。それが嫌で、これまでの自分の作品を見返すことは多くありませんでした。

 もし、胸を張ることができる作品を作るなら、最もこだわりのある“手描き”のアニメーションしかない。『君たち』の企画書には、「全編、手描きでやる」と書かれていて、その宮﨑さんの思いには、僕もアニメーターとして共感しました。作画監督としての話だったので、自分の好みの絵でやることもできます。

ADVERTISEMENT

 6月の庵野さんとの面会の後、『シン・エヴァ』のあらゆる会議から外されてしまったので、決意も固まって、鈴木さんに「両方をやるわけにはいかないから、こちらをやります」と伝えました。『シン・エヴァ』の方は「キャラクターデザイン原案」としてクレジットされましたが、作品は観ていません。

 結果的には、あらゆる整理が付いて、スッキリしたかたちで、その年の7月から実際の制作に入りました。すでにAパートの絵コンテは出来上がっていました。220枚のカットで構成された冒頭部分です。上映時間で言えば、おおよそ20分ほど。主人公の眞人がお屋敷に着いて、アオサギが登場するあたりまでです。

 宮﨑さんは説明してくれない。とにかく描いた絵を見せられるだけ。ストーリーや世界観も絵コンテで理解するしかありません。そこから作画監督はイメージを膨らませて絵を描いていく。それをもとに原画マンや動画マンの力を借りてコマを繋いでいくわけです。

本田氏のスタジオジブリでの作業机。奥には宮﨑駿監督の机が見える ©文藝春秋

 ところが、宮﨑さんはキャラクターの絵をどんどん変えていく。これも、普通のアニメーション監督と違うところでした。通常は最初に決めたキャラクター設定は変えないものです。例えば、眞人は当初の設定では坊主に近かったんです。戦争中だし、短髪の少年という設定でした。それが後になって、監督自ら、眞人の髪を長くしてしまう。

 ナツコに初めて会うシーンで、眞人が帽子を取ると意外に髪が長いでしょう? 僕自身、驚きました。でも、おそらく裕福で大きなお屋敷に住む御曹司の眞人を表現するのに、髪は長い方が良いと、宮﨑さんは考えたんだろうなぁと。監督から説明はなかったのですが、そう理解しました。

スタジオに並ぶ宮﨑駿監督との机(左)と、作画監督の本田雄氏の机(右)。宮﨑監督の机の前面には青鷺の写真が見える ©文藝春秋

本田雄氏のインタビュー「宮﨑駿監督との真剣勝負」全文、およびインタビュー第2弾「宮﨑駿監督と庵野秀明監督」は、月刊「文藝春秋」2023年9月号、10月号と、「文藝春秋 電子版」に掲載されています。