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禿マタギは夢中で引き金を引いたが…

 禿マタギは夢中で引き金を引いた。しかし、これが不運にも不発に終わった。熊はあわてる隊員を尻目に、家を背にしながら悠然とした足どりで暗闇に消えた。並いる射手は、屋内の婦女子の身を案じ発砲することができず、無念の涙を飲んだのである。

 このとき、「生存者は出てこい!」と大声が聞こえた、と力蔵は述懐している。救援隊員が、ガンピ(雁皮)の皮に火を灯し、一斉に屋内になだれ込んだ。かくて、穀俵の陰に潜み、奇跡的に難を逃れた力蔵と、失神して寝ていた妹のヒサノが、恐怖に声もでない状態で救い出された。

 部屋の中は一面が血の海、荒らされて足の踏み場もなく、血しぶきは天井裏まで飛び散り、死臭が充満していた。まさにこの世のものとは思えぬ地獄絵である。斉藤タケは、春義と金蔵の中ほどに頭を並べ、3人ともイナキビの入った五斗叺(かます)、布団、荒ムシロなどで覆われていた。すでに息は絶え、右肩から右胸部、腹部、右大腿部にかけて、見る影もないまでに食い尽くされていた。胎児はかすかに母体とつながり、奇跡的に無傷だったが1時間後に息絶えた。3人とも申し合わせたように素っ裸にされており、熊の習癖と残忍さをまざまざと見せ付けていた。

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「これはひどい、女子どもをこんなむごい殺しかたしやがるなんて」

「あの熊は悪魔だ! 必ず仇を取ってやる!」

 この酷い殺戮に隊員は歯ぎしりし、ある者は人前もなく男泣きに泣いた。

 隊員が遺体を収容し、夜道を引き上げようとしたそのとき、突然背後の屋内から、

「おっかあ! 熊獲ってけれ!」

 と大きな叫び声が聞こえた。討伐隊はもう一人生存者がいるのを見逃してしまったのだ。

 だが隊員たちは逡巡するばかりで、再び暗闇のむごたらしい現場へ進んで入ろうとする者は出なかった。そうこうするうちに、日露戦争帰りの堀口清作が単身屋内に駆け入り、ムシロの下に隠されていた瀕死の少年、巌を発見して救出、並いるものの称賛を浴びた。

 少年は、左大腿部から臀部にかけ骨が露出するほどの深手で、皮膚がぼろ布のようにまつわりつき、ふた目と見られぬむごい姿であった。

深夜の開拓部落おち

 相次ぐ熊の襲撃に開拓民は恐れおののき、一刻も早く開拓地から逃れようとした。まずは婦女と子どもを3キロメートルほど下流の辻橋蔵家と、6キロメートルあまり下流にある三毛別分教場とに分散避難させることになった。この夜の避難の様子は、あたかも平家の都落ちを思わせる陰惨な光景であった。

写真はイメージ ©iStock.com

 ガンピの皮を松明(たいまつ)にして火を灯し、奥地から開拓部落おちが始まった。六線沢沿いに点在する開拓民を一軒一軒大声で呼び出し、隊列に加えていくのだ。こうして避難する人々の列の長さは100メートルにもなった。燃えさしのガンピが路上に捨てられて点々と燃え続け、さながら不知火を思わせた。