瀬尾まいこの小説を『ケイコ 目を澄ませて』で国内外の賞賛を浴びた三宅唱監督が映画化した。『夜明けのすべて』はPMS(月経前症候群)に悩む藤沢美紗(上白石萌音)と、パニック障害に苦しむ山添孝俊(松村北斗)の交流を通して、異なる立場の人たちが互いを認め、つながり合う姿を描く。そこには過度な感情表現も、過度に劇的な展開もない。繊細に映しだされるのは、他者が共存するいま、この世界の愛おしさだ。
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PMSで繰り返してきた失敗
知らないものを知ろうとすること。
『夜明けのすべて』はまずそこから始める。
「25日から30日に1度。生理の2、3日前、私はどうしようもなくいらだってしまう」
主人公のひとり、藤沢美紗は冒頭のモノローグでこう告げる。
「生理が始まる前から精神的に不安定になったり、頭痛やめまいに悩まされたりするのはよくあることだけれど、その症状がひどいと月経前症候群=PMSと診断される」
それは彼女も同じだった。PMSにはさまざまな症状があるという。不安で眠れなくなったり、無気力になったり、また悲観的になったり。彼女の場合は、PMSが発症すると頭に血がのぼり、誰彼かまわず攻撃的な態度を示してしまう。
PMSのために、彼女は何度も失敗してきた。前の会社をやめるはめになったのも、そのせいだ。
普段はおおらかなので、傍目には情緒不安定なだけに見えるかもしれないが、決してそういうわけではないのだ。
パニック障害を打ち明けない理由
彼女が働く会社に転職してきたもうひとりの主人公、山添孝俊もパニック障害を抱えていて、発症すると発作で苦しくなる。急に発症し、その不安や恐怖感から電車に乗れず、外食にも美容室にも行くことができない。
メンタルクリニックの医師は「治るまでに10年かかる人もいる」と彼に言う。だがパニック障害だと、彼は会社の誰にも打ちあけずに仕事をしている。発症さえしなければ、誰にも気づかれないから。
この映画はPMSとパニック障害という、これまで映画ではあまり取りあげてこられなかった題材を扱い、広範にはさほど知られていないその症状と、その苦悩への理解をうながす。