1月某日、ノンフィクション作家・高野秀行さんのひとつのSNS投稿が読書好き界隈に渦を巻き起こした。「すごい小説を読んでしまった」――。純粋な読書感想投稿が45万インプレッションに達した、その本こそ『化学の授業をはじめます。』(ボニー・ガルマス著、鈴木美朋訳、文藝春秋)。この小説のなにがそれほどすごいのか。高野さんに改めてその魅力を記してもらった。

すでに2024年ベスト本有力候補!

予想外にバズった高野さんの深夜の投稿

 すごい本を読んでしまった。2024年が始まってまだ1ヵ月ほどなのに今年のベスト本有力候補だ。私は常々「本物のエンターテインメントには本物の魂が宿る」と思っているが、それを久しぶりに実感させられた。

 この作品を一言で説明するのは難しい。かぎりなく悲痛でありながら、かぎりなく愉快・痛快なのだ。ジェンダー、恋愛、親子関係、教育、料理、スポーツ、マスメディア、動物(犬)、信仰……といったありとあらゆる要素が盛り込まれたスーパー総合小説でもある。設定はこんな感じだ。

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 舞台は1960年代初め、まだ女性差別の激しかったアメリカ。主人公のエリザベスは類い稀な才能と意志をあわせもつ化学者だが、博士課程の指導教官から深刻な性被害を受けて博士号を断念。「助手」として勤めることになった海辺のとある研究所で、初めて自分を対等の人間として接してくれる同じ化学研究者と結ばれたのも束の間、そのパートナーが事故死してしまう。結婚制度を信じない彼女は籍を入れていなかった一方で彼の子供を身ごもっていた。当時、「私生児」を生むことは「反道徳」とされていたゆえに、彼女は出産にともなって研究所を解雇。幼子を抱えてにっちもさっちもいかなくなっていたとき、偶然出会ったTVプロデューサーに抜擢されて『午後六時に夕食を』という料理番組のMCを務めることになる。「料理は化学です」と言って始めた番組は周囲の予想を裏切り、大人気番組になるが──。