忙しくても1分で名著に出会える『1分書評』をお届けします。
今日は尾崎世界観さん。
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高校生の時に夢中で聴いてくれて、ライブに通ってくれていた男の子が、大学生になって、居酒屋でサークルの飲み会かなんかで、無理して飲めない酒、カシスオレンジとかカシスウーロンなんかを飲み過ぎてトイレで吐いて、介抱してくれている、同じサークルのそんなに好きでもない、中の下位の女の子に、水を手渡して貰いながら、たまたま有線で流れて来た曲に対して「うわぁ、懐かしい。俺このバンド聴いてたなぁ。ライブも行ってたし。まだやってるんだな、ホント懐かしい」とか言いながら水を一口飲んで、何となく仕方がなくと言った感じで、介抱してくれている女の子に連絡先を聞いている。
恐らくそうやって死んで行った気持ちが、御茶ノ水にある中古CD屋の店頭に出された汚いワゴンの中には詰め込まれていた。懐かしいCDが30円、50円、100円と言った値段で売られていて、その中から選んで買った一枚をCDウォークマンに入れて歩きながら、目的地の上野駅を目指す。死んだはずのそれが、ウォークマンの中で高速回転して生き返る。
周りが一瞬で懐かしい景色に変わる。死んだはずの、殺してしまったはずの自分にもう一度出会う。何も出来ない間抜けなあの頃の自分が、情けない愛想笑いをしながらこっちを見ている。目的地の上野駅のゴミ箱に、買ったばかりのCDを捨てた。これは墓場から掘り起こした死体をゴミ箱に捨てるような物かもしれない。
ついさっきまで大声を上げて「あぁ、もう死んじゃう」とか言っていた彼女は、今ではもう箱からティッシュペーパーを何枚か抜き取って股間にあてがっている。機械的な速さで淡々とした動作は、ほんの数分前とは大違いで、確かにさっきまでの彼女は死んでしまったのかもしれないなと思った。
「明日何時だっけ?」と言いながらiPhoneのアラームをセットしている。
何時でも良いけど、一つお願いがある。もし俺の音楽が、汚いワゴンの中で叩き売りされているのを見つけたら、すぐに買って、どこかの駅のゴミ箱にでも捨ててくれ。