中村氏は言う。
「施設の従業員から通報がある場合にも、対応に難しさを感じることがあります。以前、『うちの施設の先輩従業員が、入所者に虐待をしている。施設はずっと人手不足なので、上司に訴えたところで問題を握りつぶされてしまう可能性がある。一体どうすればいいか』といった相談が寄せられました。通報してきたご本人が、虐待を表沙汰にするのが正しいことなのかどうか迷っているんです。もちろん、虐待は止めるべきですが、同時に施設や通報者を取り巻く状況のケアも必要になってきます」
介護の現場は常に人手不足であり、従業員は日々の業務をこなすので精いっぱいだし、家族にとっても新たな受け入れ先を見つけるのは大変だ。そのため、施設での虐待が発覚して業務がパンクすると、施設も、職員も、家族も、介護を受ける高齢者も路頭に迷うことになりかねない。虐待を暴くより、その後処理をする方が負担が大きいのだ。
虐待を発見した結果、生活破綻する可能性も…
中村氏はつづける。
「児童虐待は加害者と被害者がはっきりしていますが、高齢者虐待の場合はそうではありません。加害者と被害者が共依存になっている場合は、虐待が明らかになることが双方にとって不利益をもたらすことになりかねないのです。たとえば、私たちが親子間の経済的虐待に介入したことによって、高齢者は介護者を失い、介護者は生活が破綻するなんてことが起こる。そのため、現場の状況に応じたその時々の判断で、虐待に対してどのように介入していくかを決めていく必要があるんです」
児童虐待に比べて、高齢者虐待に対する危機感がいまいち広がらないのは、こうしたことに一因があるかもしれない。
だが、被害者の中には命にかかわるような暴力にさらされ、今すぐに支援を必要としている者もいる。そうした現場では、支援者はどのように高齢者虐待と向き合っているのだろうか。
私は岩手県奥州市に、被虐待の高齢者を受け入れている養護老人ホームがあると聞いて向かってみることにした。